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月明かりの下で

2005年1月5日サイト初掲載作品

堅苦しい雰囲気の中で無理強いされる酒ほど辛いものはない。
それも自分自身が主賓の場合はその場から逃れることも儘ならず、かなりの忍耐を要するわけで。
普段のように仲間同士で気楽に飲み交わす酒の楽しさがこんなにも有難かったのだ・・・と、改めて気付いたジョウは、ひっきりなしに訪れるお酌の攻撃に引き攣った愛想笑いを浮かべつつ自分が本来いるべき場所・・・つまり宇宙の彼方へと思いを馳せていた。

こんな窮屈な生活も・・・やっとあと一日で終わる!!!

正直うんざりするほどの盛大なセレモニーやら歓迎式典を分刻みのスケジュールでこなしてきた自分達にとって、明日からその重荷から一切開放されるという嬉しさを考えると向こう半年、休暇が全くなくてもいとさえ思える自分がいた。
それはタロスもリッキーも同じだったようで、貧乏ゆすりの回数と揺れの幅が極度に増えたタロスと軽口さえ叩けなくなるほどやつれたリッキーの表情が全てを物語っていた。

『・・・いい加減うんざりですぜ;;;』
『兄貴ぃ〜;;;オイラ、早くクラッシャーの生活に戻りたいよぉ;;;』

言葉に出さなくても、こちらに訴えかけてくる表情の様子でふたりが何を言わんとしているのか痛いほど分かる自分も・・・実は相当参っていたらしい。

相次ぐお酌の攻撃を頃合を見計らってやんわりと辞退し、トイレに行くという口実でパーティー会場を抜け出したジョウは一目散にベランダ目掛けて駆け出した。

「くそったれ!限度っていうものを知らないのかよ、ここの連中は;;;」

人がいないことをいいことに思いっきり悪態をつきまくるジョウの言葉が闇の中に吸い込まれていく。
罵倒する言葉の数々とは裏腹に何だか口調がいつもよりも軽くなっているのは、きっと明日になればようやくこの惑星ともおさらばできるという希望に他ならなかった。
・・・しかしその胸の内でただ一つだけ、この星で『何か大切なもの』と出逢ったという想いが僅かに燻っているのをまだジョウは気付いていなかった。
いや、気付く余裕すらなかったと言うほうが正しいのかもしれない。
それほど自分と仲間達を取り巻く状況は自分の意志さえ貫けないような慌しい渦中に引き摺り込まれていたから。

「・・・主賓の御一人がこんな所で寛いでいらっしゃるのでは・・・パーティーは盛り上がりませんわ」

背後から届いた声が混沌としていたジョウの意識にそっと寄り添った。それは驚くほど自分の耳に馴染んでいる声だという認識がジョウの身体を駆け巡る。

「・・・ずっと今までそちらさんの都合に併せてセレモニーにも出席しまくりだったんだぜ。いい加減こっちの都合にも併せて少しはホッと出来る時間くらい欲しいもんだな」

端から聞けば皮肉以外の何物にも聞こえないほどの痛烈な言葉なのだが、ジョウの言葉を受け止めた人物は微笑みながらジョウの戯言をそっと受け流した。
・・・なぜならその皮肉めいた物言いそのものが、彼流の照れ隠しの一端であると・・・
短い時間ながらも彼らと行動を共にしてきた彼女は気づいていたから。

自分の言葉を言い返すとばかり思っていた彼女が小さく微笑みながら自分を見つめているのに気がついて訳もなく心臓の辺りがチクチク痛み出してきたことに狼狽する。
きっとそれは、クラッシュジャケット姿の彼女を見慣れていたから、今日の淡いピンクのカクテルドレスの装いに戸惑っただけだろう・・・と心の中で必死に自己弁護する自分が少し情けない。

沈黙した時間が静かにふたりを包み込む・・・。

気の利いた男ならばこういう状況下では洒落た台詞の一つでも吐けるのかもしれないが・・・
おおよそ女っ気とはほとんど無縁な、男ばかりのかなりむさ苦しい環境下で育ってきた自分には全く似合わないシチュエーション、おまけにお世辞にもお上品という言葉には当てはまる言葉すら見当たらない、がさつで乱暴なクラッシャー稼業で身を立てているから・・・と言い訳するよりも先にこういう雰囲気で何を言ったらいいのか、どう行動したらいいのかさっぱり見当がつかない自分でも『こういう場面では何かを言わなきゃ・・・やっぱりマズイよな?』という自覚はかろうじて残っていたらしく、頭の中を物凄い勢いできっかけを創り出す言葉の断片が行き交う。

でも哀しいかな、仕事以外で妙齢の女性と二人きりという場面すらまともに遭遇したことがない故に思いつく言葉はかなり的外れなものばかりで。

『あの農業大臣のオッサン、酒癖悪いよな』とか
『今日テーブルの上に盛り付けられていたフルーツは見た目よりも意外に美味かったぜ』とか
『セレモニーの司会をしていた奴はかなり緊張していたよな』とか・・・。

さすがにいくら鈍感な自分でもこんな言葉を言うのは場違いだな・・・と思いとどまる辺りがやっぱり限界か。

「・・・ジョウ」

不意に届いた声が混迷している意識にストップを掛ける。

「・・・なんだい?」

水面下で何を言おうかとあたふたと慌てふためいている自分を悟られまいと必死に返した言葉は、かなり間の抜けた言い方だったに違いない。
月明かりの下で一瞬だけ微妙な揺らめきを見せた彼女の表情が泣いているように見えたのは自分の目の錯覚だろうか?

「・・・これはお返ししなければ・・・いけませんか?」

思いつめたような表情の彼女が躊躇うようにして差し出した両手の上には、丁寧に折り畳まれた真紅のクラッシュジャケット一式が月の光を乱反射しながら置かれていた。
所々消えない傷痕のようなものが、これを身に纏っていた彼女の危機を共に潜り抜けてきた壮絶な想いを一瞬にして胸の中に蘇らさせた。

忘れようとしても・・・決して忘れ去ることなどできない数々の思いや痛み・・・そして言い尽くせない想いが・・・
ジョウの心の中に『何か』を刻み付けた。

「・・・例え短い時間でも、このクラッシュジャケットを身に着けて俺たちと一緒に闘った君は・・・クラッシャージョウチームの一員だったのさ」

アルフィンの両眸にみるみるうちに溢れ出す泪。
両手で胸の中に大切に抱え込んだクラッシュジャケットが月明かりの下で鈍く輝く。

「・・・じゃあ、これは・・・」

縋り付くようなアルフィンの視線を見ていられなくて・・・と言うよりも、彼女の全身から溢れ出ているようなひたむきな想いが眩しすぎて・・・ジョウは向かい合っているアルフィンに背中を向けるとそっと
歩き出した。二、三歩行過ぎてからアルフィンの方に向かって背中越しに言葉を掛けるジョウの影は闇の中で何故か照れたように真っ赤に染め上がっていた。

「・・・アルフィン以上にその真っ赤なクラッシュジャケットが似合う奴なんて・・・たぶんこの先も誰もいないんだろうな、きっと・・・」

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