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鼓動

2003年10月27日サイト初掲載作品

「島さん・・・今から貴方の・・・貴方のヤマトへ一緒に行きましょうね」

重傷を負った島の身体の中に、己の血液をほとんど全て注ぎ込んだテレサはベッドの上で静かに横たわったままの島の隣に腰掛けた。
まだ意識を取り戻さない島の顔をそっと上から見下ろし、胸に湧き上がってくる想いを堪えたまま俯く。

「島さん、貴方に出逢えて・・・私、とても幸せでした。ありがとう・・・島さん」

島の上体をそっと抱え起こすとテレサは己の膝の上に島の身体を横たえた。
細くしなやかな手を島の顔に添えたテレサは・・・彼の顔を見つめながらポロポロと涙を零し続けた。
後から後から溢れ出る透明な滴は頬を伝って零れ落ちる度に穢れなき想いを携えたまま透き通る結晶に姿を変え、刹那の幻を紡ぎ続けていた。

もう一度だけ・・・私を見つめて欲しかった・・・
もう一度だけ・・・温かなその胸で私を抱きしめて欲しかった・・・
もう一度だけ・・・優しい声で私の名前を呼んで欲しかった・・・

懸命に堪えていた想いが一気に溢れ出し、彼女の全身を瞬く間に覆い尽くす。
パラパラと肩から滑り落ちる髪は、切なく儚い時間を刻むように島の身体を緩やかに包み込んだ。

「島さん・・・貴方と一緒にいられた時間はとても・・・とても短かったけれど・・・私、貴方に出会って少しだけ・・・ほんの少しだけ自分のことが好きになれたんです。貴方に逢うまでの私は人間の感情を一切持たない機械と同じでした。いえ、それよりも自分がこうして生きていることにさえ嫌悪感を覚えてしまうほど、自分自身が嫌いでした」

テレサの指先が島の乱れた前髪のほつれを直す。
微かな呻きが口から零れるが、島の瞳が開くことは無かった。

「そんな私に貴方は声を掛けて下さった。自らの恐ろしい力でテレザートを滅ぼしてしまった私に貴方は優しく声を掛けて下さった・・・。私のことを恐れるのでもなく、軽蔑するのでもなく・・・同じ一人の人間として親身に私のことを思って下さった貴方の優しい気持に触れて・・・私はとても嬉しかったんです。私は自分が・・・自分自身が憎かったのです。このテレザートを死の星へと追いやってしまった自分が・・・罪も無い人々を破滅に追い込んでしまった自分を・・・許すことは出来ませんでした。ずっと・・・ずっと自分を否定しながら生きてきた私を・・・島さん、貴方はその優しい真心で包み込んでくれました。自分という存在すら認めていなかった私は貴方に出会い、私のことを心から心配してくださった貴方の優しい気持に触れて・・・生まれて初めて生きていて良かったと思うことが出来ました」

膝の上に抱き抱えている島の上半身を抱え起こすと、テレサは島の指と自分の指を絡め合わせ島の心臓の付近に顔を寄せた。
まだ島は意識は失ったままだが、服の上からもはっきりと見て分かるように胸の鼓動が規則正しく力強いリズムを刻み続ける。
そのリズムはまるで島へのテレサの清らかな想いを表しているかのように『愛している・・・』という言葉そのもののに聞き取れるほど、強い鼓動で島の身体全体に命の源を行き渡らせているのだった。
島の胸の鼓動を聞いていたテレサは、軽く閉じた瞳から一粒だけ涙を零すと静かにゆっくりと島の身体を抱えあげた。

「島さん、貴方の身体の中で生き続けたいと願う私の想い・・・どうか許してください」

島の顔を一度だけ見詰めたテレサは視線をヤマトに移すと決意を秘めた表情で意識のない島に最期の言葉を語りかけた。

「貴方のヤマトが・・・地球が・・・大切な人達が・・・貴方の還りを待っています。貴方が一番貴方らしくいられるあの場所へ・・・今から還りましょうね」

抱えあげた島の身体の重みをその腕に・・・そして島への尽きぬことのない想いを心の奥深くに刻み込んで、テレサは今たったひとり白色彗星に立ち向かう。

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