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誓い

2004年10月1日

「君からの入電を待っていたよ、ジョウ」

重厚な低音から繰り出される声を聞きながら、ジョウは眼前のビデオパネルに映る男の顔を見据えた。
僅かばかり睨み返したジョウの視線など微動だにせず、堂々と応対している男の受け答えは多くの国民に信頼され支えられ続けている国王の威厳そのものに満ち溢れていた。

「私に・・・文句を言いたいのだろう?」

わざとこちらの感情を逆撫でするような台詞の真意を汲み取りながら、ジョウは微かに苦笑しながら画面の男に向かって声を出した。

「用件が既に分かっているのなら話は早い。俺の言いたいことは・・・お分かりですね?」

軽く腕組みしながら画面の男の表情の変化を一瞬たりとも見逃さないような気迫がジョウの全身を包み込む。
駆け引きにはつきものの僅かばかりの緊張感が身体に漲る。
少しだけ額が汗ばんできたのを感じながらジョウは次の言葉を待った。
少しでもこちらの意図と反するような答えが出てきたらすかさず反撃できる体勢を維持しながら。

「君の言いたい事は予想はつくが・・・それよりも先にどうしても言っておきたいことがある。娘をよろしく頼む。ピザンの国王としてではなく・・・アルフィンの父親として心から君に御願いしたい」

言いながら自分に向かって深々と一礼した仕草にジョウの思考が一瞬意識の外へ弾け飛んだ。
一国の君主である人物が自分に向かってお辞儀をしたという前代未聞の出来事に、用意していたはずの理論武装はことごとく崩れ落ちていった。
驚きよりも先に、あってはならない事が自分に対して起こったという現実に心が追いつけない。

「ちょ・・・ちょっと待って下さい!それ・・・それは反則だっ!!!」

慌てふためくジョウを尻目にハルマン?世は落ち着き払った態度で言葉を紡ぎ続けた。
口元には穏やかな笑みを浮かべながら。

「ジョウ。突然の娘の無礼を許して欲しい。密航して君に見つかった場合、君に即座に追い返されるかもしれないとアルフィンも十分分かっていたはずだし、覚悟していたはずだ。でも・・・それでもあの娘はきっと君達の後を追いかけて行ったはずだと私は思っている」
「クラッシャーはいつ命を落としてもおかしくない危険な仕事です。現に今回の事件で俺達は大事な・・・大事な仲間を失いましたから。それは国王、貴方もご存知のはずです」

言葉を零しながら胸が急速に締め付けられていくのをジョウは感じていた。
ずっと長い間自分のことを見守り、支え続けてくれた仲間の命の重みがこんなにも大きくて、こんなにもかけがえのないものであったと気付いて、更に深くなっていく哀しみに心が悲鳴を上げる。

「一時の気まぐれでクラッシャーになりたいと願ってクラッシャーに即なれるほど、この世界は甘くはありません。いい加減な気持ちでクラッシャーになりたいと思われることが・・・俺にとっては一番許しがたいものだと、ここではっきりと明言しておきます。アルフィンは確かに生半可な気持ちでクラッシャーになりたいと願った訳ではないと俺も信じてます。だけど・・・今まで宮廷暮らしをしていた女の子がいきなりクラッシャーの生活に馴染めるものではないですし、この先ずっとクラッシャーをしていけるという保障もありません。俺はアルフィンが・・・クラッシャーの生活から脱落して哀しむ顔を・・・見たくはないです」

絞り出した声が僅かに震えていた。
感情を抑えながらも淡々と語る口調の中にジョウのアルフィンへの想いが見え隠れしているような気配にハルマン?世はしばし黙り込んだ。

短くて長い沈黙が続いた。その時間を切り崩したのは国王が差し出したひとつの紋章だった。

「ジョウ、これを見て欲しい」
「・・・これは?」
「これはピザンの王族のみ持つ事が許された王家の紋章だ。これを肌身離さず着けていることで王族の一員とみなされる。王位継承権の適性から外されても、この紋章を外すことはどんな理由であれ許されない事のだ」
「・・・!」

ジョウの顔から血の気がズルズルとひいていく。

「娘は・・・アルフィンはこの紋章を国王である私に返したのだ。他でもない自分自身の手で。・・・ジョウ、それがどういう意味なのか・・・を、聡い君なら分かってくれるはずだ」

重大な言葉を漏らしながらも国王の顔色は何一つ変わらないままだった。
変わらないでいることが、却って国王の哀しみと覚悟を示しているようで・・・ジョウは言葉を失った。

ハルマン?世の掌の上で煌いている紋章の輝きは絶え間なくその凛とした光を撒き散らしていた。
それはまるでアルフィンの王女としての気高い思いに似ているような・・・そんな気がしてジョウは静かに瞼を閉じた。
これまでのアルフィンと関わってきた場面がふいに脳裏に蘇る。

美しく聡明な少女でありながらも過酷な使命を背負って自分の目の前に現れた彼女。
泣きたいのをグッと堪えて眸に泪を滲ませたまま耐えていた試練。
パッと場が明るく華やぐように振りまかれる艶やかな微笑み。
そして自分をとことんまで信頼して見つめ続けていた真摯な想い。

そのどれもが自分のの心にいつの間にか住み着いていた・・・と、気付いた瞬間閉じていた瞼を開けた。
祈るような国王の視線が自分を黙って見続けていた。
眸の奥に熱い信頼と願いを漂わせたままで。

「王女としてではなく・・・ひとりの父親としての貴方の大切なお嬢さんを・・・俺の力の全てを出し切って必ず守り通します」

ジョウの言葉に力強く頷いたハルマン?世は決意を込めた眸で願いを託すのだった。

「娘を・・・アルフィンを頼む、ジョウ!」

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