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月影優しく

2003年4月5日 サイト初掲載作品

花見と称して日頃のストレス解消とばかりに、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎを繰り広げている仲間達の輪からそっと抜け出して、俺は一人歩き出した。
15分ほど歩くと、小さな湖の側で1本だけひっそりと咲いている老木の桜が、その大きな枝を風の流れに委ねながら、俺を待っていた。
湖面に映った三日月は、春の風が通りすぎる度に優しく顔を歪めて泣いているように、波紋の中で揺らめいていた。
桜の花びらが、ちらちらと乱舞しながらそっと水面にその身を浮かせる。
一人ぼっちで淋しそうに水面に映っている三日月をそっと包み込むように。
腕を組みながら老木にもたれ掛かって湖面を見つめている俺の隣に、誰かが並んだ。

「桜は散り際が一番綺麗だよな・・・」

ほんのりと酒の匂いを漂わせながらやってきた男を横目で確認すると、俺はまた視線を湖面へと戻した。

「・・・いつかは俺達もこうして・・・」

ジェットが言いかけた言葉の先を、俺はわかっていた。
あいつの言葉にはまだ迷いが見え隠れしていた。
たぶん俺もあいつも・・・・・・これからの戦いが、本当の戦いになることを心のどこかで気がついていた。

突然びゅーっという音と共に突風が吹いて、桜の花びらが一斉に舞い上がったかと思うとはらはらと舞い落ち、湖面を花びらの絨毯で敷き詰めた。
俺は手を伸ばして空中に漂っている花びらを一枚、手の中に掴み込んだ。
何故か花びらが命を吹き込まれたように、俺の手の中で優しく息づいてきたような感覚を覚える。
俺は桜の花びらをそっと手の平の上にのせて、風に花びらを託した。
俺の手を離れた花びらは、春霞の中で優しい月の光を浴びながら、ひらひらと湖面にその身を沈めた。
静かな波紋が、湖と俺の心を優しく癒す。

「覚悟は出来ているさ・・・」

静かに呟いた俺の言葉に呼応するように、ジェットがふっと軽く微笑む。

「あんたにゃ、いつも負けるよ・・・」

俺達は互いの手をがっちりと力強く握り締めながら不敵に微笑んだ。
桜の花びらが、湖面に並んで立って映っている俺達の姿を、柔らかな色合いのベールに包みこみながら掻き消す。
三日月の仄かな光は薄く青白いベールとなり、やがて俺達の上に静かに舞い下りた。

・・・・・・決戦の日は刻一刻と近づいていた。

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