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頼りない指先 〜字書きの為の50音のお題〜

2004年10月15日 サイト初掲載作品

細心の注意を払いながら、足音を忍ばせて隣のベッドに近づく。
僅かばかり顔をこちら側に向けて静かに寝入っている彼女の顔に、カーテンから漏れる朝の光が微妙な陰影を落とす。
彼女の寝顔を見るのはこれが最初という訳ではないのだが、何故か毎回心拍数が急激に上がっていくのを止められない。

そう思う背景には、眠っている彼女の顔を覗き見ていることに何となく後ろめたさを感じずにはいられない・・・妙に真面目で几帳面な自分の性格が起因しているせいかもしれなかった。
いい加減この臆病で奥手な性分を何とかしたいとは思ってはいるものの・・・
テレサと向かい合うだけで訳も無くアガリまくって、俯き黙り込んでしまう癖は変わらず。
それでもテレサへの愛しさは以前と同じ、いや以前にも増して遥かに募っていくのに・・・
身動き取れないまま、心と身体は理性と本能の狭間で行ったり来りを繰り返す日常。


「島くんらしいわよね!そういう臆病なところ。でもそれだけテレサさんを愛し過ぎちゃっているっていうことの裏返しだから、そんなにアタフタしなくたって大丈夫よ。彼女のことを自然に抱き締められる日が来るまで、無理矢理自分を追い込まなくっていいの。こういうことはね、思い掛けない瞬間に突然出来るようになることが多いのよ。今まであんなに散々思い悩んだことがまるで嘘に思える位に、自然にあっけなく出来てしまうものなの。今、私が言っていることは嘘だ!って思ってるでしょ!?島君の顔にはっきりとそう書いてあるわ!・・・だけど、私が言ったことが本当だって分かる瞬間が、そう遠くない未来にきっと起こると思うの」


テレサのことは雪に対して一切喋っていなかった筈なのに、昨日偶然に防衛軍本部司令部内の廊下ですれ違った際、挨拶代わりにいきなり一方的に話しかけて来た雪の悪戯っぽく笑い掛ける微笑が
記憶にこびりついて離れない。
まるでこちらの状況が逐一分かりきっているかのように、雪から大胆な推察を述べられ茫然自失で立ち尽くすだけだった俺に、悪魔のような彼女の一言が止めを刺した。

「島君はね、突然狼に変貌するような人じゃないってこと・・・私は勿論、周囲のの皆もよく知っているもの!逆に『一刻も早く僕の傍から逃げないと狼になって君を襲っちゃうよ』って、事前に相手にバラしちゃう感じの・・・とことんお人よしの狼さんなんだって事も分かってるから!」

雪からの言葉は、ものの一秒で俺の意識を瞬殺した。

「長い付き合いになればなるほど・・・自分では絶対に誤魔化したいことも、誤魔化しきれないことがあるって事を実証できて嬉しいわ♪私を恨むよりも・・・ヤマトで皆で一緒に過ごしてきた時間を恨む方が精神的に楽かもしれないわよね、島くん♪」

見事なカウンターパンチを雪から喰らった俺は・・・リングの底に沈みこんだままピクリとも動けなくなった。
霞んでいく意識の果てで・・・俺は強く思った。

「初恋の相手と恋は成就しないというジンクスに・・・俺は本当に心の底から感謝する!!!」

*****

夢じゃない・・・夢じゃないんだ・・・。

君と再び巡り会ったあの時から・・・繰り返し心の中で言葉の唱え続ける言葉の羅列。
不安の中に置き去りにしてきたままの心が、ふとした瞬間に胸の奥で燻り続けているのが分かるから・・・
無理に自分を落ち着かせようと必死に唱え続けた言葉の抜け殻の中に、ずるずると埋もれていくだけの感情。


『君が生きていてくれて、今、こうして僕の傍にいてくれる』


という最高に嬉しい現実さえも、まともに見据えられずにいる自分が口惜しくて情けない。
もっと素直に・・・もっと正直に・・・自分の思うが侭に君を愛したいと願う心を遥かに凌ぐ極度な不安が常に胸に巣食っている限り、そう簡単に現状に著しい変化が起こるはずなど無く。

君が突然僕の目の前から姿を消してしまう予感は常に心に付き纏って、激しく揺さぶりを掛ける。
君を再び失ってしまうかもしれないという恐れの前では、その不安に抵抗する心など在り得ないはずで。

僕が君に触れてしまった途端に、君が僕の目の前から消えてしまうのではないかという、ある種強迫観念じみた妄想に、心が制圧されてしまっているのはしょうがないことかもしれなかった。

何故なら、僕は君を二度失ってしまったという切ない想いを憶えているから。
命を投げ出そうとした君を引き止めることすら出来ずにいたのだから。
僕は・・・僕は君を見殺しにしてしまったのだから・・・!

君が僕の傍に居るという現実をしっかり見据えようとしても、その記憶は強大な壁となって僕の行く手を阻む。
あの時、君に対して放った『君を見殺しになんか出来ない!』という言葉が痛烈な皮肉となって、自分自身の身に降り掛かった状況の前では一切の反論など赦されず。


本当は僕が君を助けたかった・・・。
その気持ちに偽りなど無かった。
君の為なら命を捨てても惜しくないと言い切れた。
・・・いや、今もそうはっきりと言い切れる。


見殺しになんか出来ないと叫んだ言葉は結果として空回りし、反対に僕が君に二度も助けられた揺ぎ無い現実は、ますます僕を追い詰めていく。

「・・・島・・・さん・・・」

闇の中に引き摺りこまれていくだけの意識に歯止めを掛ける声が耳に響いた。
眩い光の中に溶け込んだ声は、澄んだ音色で僕の意識に働き掛ける。
静かに、そしてゆっくりと。

「・・・夢・・・じゃ、ないんですね」

潤んだ眸が僕の眸を捉える。
その瞬間、極限まで堪えていた想いが一気に迸っていくのを止められない僕がいた。
まだ目覚めたばかりの君が、僕の姿を認めて小さく微笑みながら語り掛けた言葉の真意に気が付いたから。


『・・・夢・・・じゃ、ないんですね』


その言葉の意味は、まさに今、僕がずっと抱え続けてきた想い・・・そのものを言い表していた。


君も苦しんでいた。
きっと僕以上に、苦しんでいた。
・・・それなのに僕は・・・。


頼りない指先が宙を彷徨う。
『戸惑い』という目に見えない壁を少しずつ切り崩しながら、頼りない指先は静かに宙を漂う。
時間の波を遡り・・・押し寄せる不安を掻き分けながら。

「・・・大丈夫。夢じゃない。夢じゃない・・・から!」

漏れ出した吐息に混じる言葉は、君に対しての返答であると共に自分自身を心から納得させる為のものだった。
頼りない指先がようやく辿り着いた真実の在処。
涙に濡れる君の頬から伝わる確かな温もりは、頼りない指先を決意を秘めた指先へと変化させていく。
あんなにも臆病で不安だらけだった心は、驚くほど簡単に僕の意識を塗り替えていく。


テレサ、君だけが・・・僕の生きる力。
テレサ、君だけが・・・僕の生きる支えの全て。


胸の奥に蔓延っていた蟠りの塊を打ち壊して、ようやく・・・ようやく辿り着いた本当の気持ち。
心からの想いに衝き動かされて、思わず胸の中に抱き寄せた君の身体を強く抱き締める。


確かに今、僕の胸の中に君がいると・・・。
僕の胸の中に君が・・・君だけがいると・・・。


「夢じゃない!」


再び繰り出した言葉には、以前よりも遥かに強い自信と決意が漲っているのを感じつつ・・・
僕は君をますます強く抱き締めるのだった。

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