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二つの心 ひとつの願い

2004年5月3日サイト初掲載作品

2週間分の不在の重みが加わったドアをゆっくりと開ける度に襲い掛かってくる不安の波。

逢いたくて・・・一刻も早く逢いたくて

ジリジリと焦り続ける心をどうにかこうにか捻じ伏せて、此処へ飛び帰ってきたはずなのに・・・

逢いたい心とは逆に・・・もしかしたら彼女の姿が此処にはないのではないかという恐れに胸の奥が急激に締め付けられる。
そんなことは有りえない筈だと自分自身を納得させるだけの根拠が、実はとてつもなく脆いものだと気付いていたのは、かつての経過があったから。
拭っても拭っても拭い去れない不安の染みは心の大部分に広がりつつあって、最早不安を堰き止めるだけの限界の壁を越えつつあった。

恐れに打ち負かされそうになる自身を叱咤激励して、深呼吸しながら開けたドアの向こう側で・・・

まるで自分の帰宅を知っていたかのように、潤んだ眸でじっとこちらを見詰めたままそっと佇んでいる彼女の姿があった。

何かを言いかけて口が動かそうとするが・・・顔が僅かに歪んだまま、表情が固まってしまって言葉が紡げない。
言いたいことはいっぱい・・・いっぱいあるはずなのに・・・溢れ出す感情に心が追いつけない。


逢いたかった・・・傍にいたかった・・・ずっと・・・ずっと!


思い浮かぶ言葉は胸の奥でグルグルと空回りするばかり。
このまま黙って胸の中に彼女を抱き寄せて力強く抱き締めたいと思う気持は既に意識の外から抜け出していて・・・

彼女が此処にいてくれる

という、ただそれだけの真実のみがこんなにも・・・こんなにも嬉しくて・・・!

言葉に尽くせぬ想いが巡り巡って辿り着いた先の果てに口から零れた言葉は

「・・・ただいま・・・」

と言うだけが本当に精一杯で。
たったその一言でさえ、胸の奥から絞り出すのに果てしなく時間が掛かったような気がして。

玄関先で立ち尽くす俺を見詰めたまま、何も言わずにただじっと佇んでいる彼女の肩がそれとなく小刻みに震えていたと気付いたのは、それからまたしばらく時間が経った後で。

彼女もきっと俺と同じ気持だったはずだと分かった瞬間に込み上げて来た想いは、彼女に対する心からの純粋で清らかな想いに間違いはなく。

「おかえり・・・なさい・・・」

それだけの言葉を発するのに、どれだけ彼女が自分のことを思い遣ってくれていたのかに想いを巡らした瞬間に、彼女に対して溢れ出した感情は抑え切ることなど既に不可能で。

たぶん俺と同じ様に逢いたくて・・・傍にいたくて・・・
それでもそんな心を必死に捻じ伏せて再会を信じながら我慢し続けるだけしかなかった日々を隠すかのように小さく・・・小さく笑う彼女の両眸には僅かに透明な雫が残っていて。


もう我慢しなくてもいいから・・・!


知らず知らずのうちにそう胸の奥で呟いたのは、彼女に対してだけでなく自分自身にも言い聞かせていたはずだから。

手で持っていたはずのアタッシュケースを足元に落としたのが気付かないくらいに、思わず胸の中に抱き寄せた彼女の華奢な身体を壊さないようにそっと抱き締める。
彼女の柔らかな髪の毛にそっと頬をうずめながら漏らした言葉は・・・そっと時間の波を漂った。

「辛かった・・・よね?」

問いかけた言葉を受け止めた彼女は一瞬だけ身体を固くすると、腕の中で少しだけ・・・ほんの少しだけ頷いて・・・胸に添えていた指先を丸めると、僅かにギュッとシャツを握り締めた。


他人から見ればこんな些細な感情を表に出すことも・・・きっと容易い事ではないはずの彼女の心情を思うと

切なくて・・・
遣る瀬無くて・・・
そして何よりも愛しさが募るばかりで・・・

「僕も・・・僕も君と同じ・・・気持だったから」

ハッとした表情のまま、腕の中から顔を上げた彼女の蒼碧色の両眸から零れ落ちた一粒の真珠。

「・・・ごめんね。君を泣かせるつもりはなかったのに・・・」

また零れ落ちそうになる涙を指先で拭い取るのと同時に、透き通った声が胸の中に染み込んでいった。

「島さん・・・どうして・・・どうしてこんなに嬉しいはずなのに、何故涙が溢れ出して止まらないんでしょう?」

彼女の切々とした想いが込められた言葉はそれ以上続くことはなかった。

「・・・!」

突然の出来事に驚いて見開いたままだった彼女の眸が恥じらいの色を浮かべながら次第にゆっくりと閉じられていく。

こんなカタチで迎えるとは予想していなかった生まれて初めての口付けは・・・彼女の透き通った涙の色の中にいつまでも溶け込んでいくのだった。

・・・そしてその夜、いつも手前で引き返すだけだったお互いの境界線を僕たちは初めて乗り越えた。

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