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プリムラ

2004年5月26日サイト初掲載作品

カツカツカツ・・・

俄かに近づいてくる足音を聞きながら、イスに腰掛けていた身体を少しだけ宙に浮かせる。
身体の中を一気に駆け巡る緊張感の裏側で、どこか懐かしいリズムを漂わせている足音に微かな聞き覚えがあった。

・・・もしかして・・・!

自分の中の記憶と近づいてくる足音の響きが頭の中で一致した瞬間に届いたチャイムの音。
小走りで近づいた玄関先で施錠をはずす指先が僅かに震える。
もどかしい気持ちと隣り合わせの、どう表現していいかわらないほどの微妙な嬉しさが身体を包み込む。

カチッ・・・

施錠を外した瞬間にドアの向こう側から飛び込んできた笑顔が・・・瞬く間にテレサの心を潤し始める。

「・・・こんにちは」

優しい笑顔を滲ませたまま呟く島大介の姿を認めて、緊張していた身体が一気に弛緩していくのを感じるテレサだった。

****************

「・・・ごめん、君の都合を考えずに突然来てしまって。用件だけ言ったらすぐに出て行くから、安心して」

自分の身を気遣いつつ、すまなそうに話す島の口調はどこまでも穏やかで優しくて。
今現在、惑星難民受入施設の一角にある3階立ての異星人専用居住棟に住んでいる自分の元を訪れるのはせいぜい地球の担当者位しかおらず、どう応対したらいいか戸惑うだけの自分に島からの言葉が続く。

「実は・・・君に持ってきたものがあるんだ」

そう言いながら後ろ手に隠し持っていたものをそっと差し出す島の両手に大切に抱えられていたものは・・・。

「これは、『プリムラ』っていう花の鉢植えらしいんだ。さっき防衛軍の指令本部から自宅に戻る途中で花屋の店先で見つけたものだから・・・つい」
「自宅に戻る途中で・・・ですか?」

島の言葉を聞いていたテレサの表情が僅かに曇る。
島が自宅に戻る途中ということは・・・それはつまり・・・

「急に明日から二週間、月面基地に行くように上から命令されてしまったんだ。突然の命令だったから急いで用意をするために自宅に戻る途中だったんだけど・・・」

そこで島は一旦言葉を区切ると、俯いていた顔をそっとだけ上げてポツポツと恥ずかしそうに先を続けた。

「・・・君にだけは連絡しておこう・・・って、思って」

最後の方は聞き取れないくらいに小さな声で呟いた後、照れくさそうに頭を掻く島の顔に微かな紅が広がる。
島の優しい声を聴きながら、テレサの心に嬉しさと切なさが混在した想いが込み上げてくる。

嬉しいのは・・・島がその用件を知らせるために自分の元に訪れてくれたということ。
たった一本の電話で済ませられる用件のはずなのに、島がわざわざ自分を訪ねて直接逢って話してくれたということは、孤独を感じ続けてきた自分にとってどんなことよりも嬉しいことに違いはなく。
自分は島から直接用件を言い渡されるには恐れ多い(というよりは、島にとっては負担ではなかろうか?という気持ち)人間であるかもしれないという申し訳なさよりも、今は島が逢いに来てくれたというその嬉しさのほうが遥かに自分の心の中を多く占めていて。

切ないのは・・・島が二週間も地球にいなくなるということ。
一緒に暮らしているわけではないから、島が任務で自分の傍にいないということは頭では理解しているつもりだった。
でもそれはすぐ近くにいてくれるという安心感の元で成り立っているという気持ちであることを今更ながらに気付いてしまって。
島が傍にいない・・・地球にいない・・・という事実は、想像以上に自分の中の不安や恐れ、そして島への想いを増大させていることに気付いて。
島が二週間地球上を離れてしまうという現実を突きつけられた瞬間に、自分でも計り知れないほどの動揺が心を埋め尽くし始めたのに気がついて。
それよりも任務に向かうという島を「行かないで!」と思わず口走って引き止めてしまいそうになる自分自身が本当は何よりも一番怖くて。

諸々の気持ちがテレサの心の中で入り混じっていきながら・・・表情が次第に失われていく。
しかし何よりもまず、自分がしなければいけないことは島が安心して任務に就けることが出来る様に、不安な気持ちなど一切見せずに送り出してあげること。
ただそれだけの為に全神経を集中し始めたテレサの身体の中で・・・声にならない叫びが出口を失って彷徨い続ける。

・・・傍にいて欲しいんです。

必死になってその想いを押さえ込んでいるとは気付いていないはずの島は少しだけ寂しそうな微笑を浮かべると、玄関先から出ようと背中を向けながらテレサに対して最後の言葉を発した。

「そのプリムラの鉢植え、あと二週間したら花が咲くらしいんだ。・・・僕が戻ってくる頃に丁度咲いていてくれるといいんだけど」

その言葉を聞いてハッとしたテレサを見ずに、「じゃあ、行ってくる!今日は突然尋ねてきてゴメン」と手を振りながらそって出て行った島の背中は既に玄関から消えていて。

掌の上に置かれたプリムラの鉢植えは・・・確かな重みをテレサの身体に、心に刻み付けていた。

******

殺風景な部屋の中に一際濃い緑の葉っぱが存在感を表す。
プリムラの鉢植えから醸し出される何とも言い様のない癒しの気配は部屋の中の雰囲気を塗り替えつつもテレサの心までには到達していなかった。
島から手渡されたプリムラの鉢植えをぼんやりと見詰めながらテレサの心は行方を見失っていた。

島さんがいない・・・。
二週間しないと島さんは此処(地球)に戻ってこない・・・。

想像するのと実際に体験するのでは、こんなにも気持ち的に落差があるのだと初めて知ることになり、また自分自身は予想以上に落ち込んでいるのだと自覚したもの初めてで。
頭では理解していても感情が追いつけない現実に、今は気持ちを落ち着ける術もなく。
泣き出したいくらいに揺れ動いてる気持ちをコントロールできる程、自分はオトナでなかったことを改めて知ることになったのも、落ち込んでいく気持ちに更に追い討ちを掛けているように思えて。

ズルズルと塞ぎこんでいく気持ちに歯止めを掛けられないままの自分に、そっと語り掛ける存在があった。

青々とした生命力溢れる緑がふとテレサの目に入った。
その瞬間に思い浮かんだ島の笑顔と穏やかな言葉がテレサの心のドアをノックする。

『そのプリムラの鉢植え、あと二週間したら花が咲くらしいんだ。・・・僕が戻ってくる頃に丁度咲いていてくれるといいんだけど』

「!!!」

テレサの心を走る強い感動を伴った力強い命の響き。

島さんは・・・島さんは私を力づけてくれるために・・・きっと!

小さなプリムラの鉢植えに込められた自分に対する島の無言の愛情と思いやりが、テレサの心に言葉では言い尽くせないほどの感激と感謝の気持ちをもたらし始める。
ポロポロと零れ落ちる涙がプリムラの活き活きと青く茂った葉先にいくつもいくつも滴り落ちては緑の色を尚一層濃くしていく。

島さん・・・私・・・この鉢植えと一緒に貴方がお帰りになるのをお待ちしています・・・!

その瞬間からテレサの柔らかい笑顔にひたむきで一途な想いが滲み始めた。

******

眩しい光が燦燦と部屋の中に差し込んできたのに気付いて、テレサはそっとプリムラの鉢植えを大事に両手に抱え込む。
暖かな光を待ち焦がれているはずの小さな小さな命をそっと慈しむように見詰めながらベランダに通じる戸を開く。
零れ落ちる陽射しを浴びながらまるで両手を一杯に広げるように葉先を伸ばしているようなプリムラを眺めている自分の中に沸々と湧き上がってくる気持ち。
それはかつて経験したことのないような優しくて暖かい気持ちに違いなく。

「島さん・・・。だいぶ大きくなったみたいです」

日一日と緑の色を濃くしながらスクスクと育っていくようなプリムラを見ながら、テレサはプリムラに島の面影を重ね合わせる。

どんな煌く光も太刀打ちできないほどの暖かさを滲ませた微笑
少し照れたようにそっと話し掛けてくれる優しくて落ち着いた声
常に相手のことを第一に考えながら接してくれる柔らかな物腰
そしてさり気ない態度の中に溢れている、思いやりに満ちた心。

そんな島からこのプリムラの鉢植えを託されたとき・・・本当はとても戸惑っていたことを思い出す。
テレザートの地表に生きていたはずの生物すべてを自らの祈りで滅ぼしてしまったはずの自分に、この小さな命を育てる資格はないのだと。
破壊し尽くすことは出来ても、生物を育てることはまた同じ過ちを繰り返しそうで・・・怖かったのが本音。
これから輝きだそうとする生命を自分が関わったことで駄目にしてしまいそうになる先入観が常に付き纏っていたのも事実で。
ともすれば島やこの地球にいる生命たちを一瞬にして滅ぼしてしまうだけの能力を持っている自分が疎まして、厭わしくて。
そんな己を忌み嫌っているだけの自分に・・・島はどこまでも優しくて。
初めて逢ったときからずっと変わらない心で自分に接し続けてくれている島の心からの愛情が本当は何よりも嬉しくて。

島が自分を信じて託してくれたこのプリムラの鉢植えを大事に育て上げて、島の帰還時に綺麗な花を見せてあげたいと願う気持ちは、つまり島の心からの愛情に対する自分の返礼であると気付いた時から・・・自分の中の「何か」が変わってきたような気がして。

このプリムラの鉢植えを育てながら、自分自身も一緒になって成長していくような感覚をテレサは感じつつあった。

*******

長かった島の二週間という不在もとうとう明日で終わりという日、いつものようにテレサは陽の光が差し込んできたと同時にプリムラの鉢植えを両手にそっと抱え込みながらベランダの外に出し始めた。
いつの間にかいくつもの固い蕾をつけはじめたプリムラは、もうすぐ咲きほころびそうな勢いで成長しつつあり、明日あたりは一斉に咲き始めるかもしれないとの予感がテレサの心を嬉しさで満たす。

やっと・・・やっと逢えるんですね。
島さん・・・このプリムラの花を・・・貴方に早く見せたいです・・・!

まだ月面基地にいるはずの島の事を想いながら、すこしだけ幸せという気持ちを感じ始めた自分に突然物凄い絶叫が届いた。

「キャー!!!」

頭上から響いた声に気付いた瞬間に、「何か」が落ちてくる予感がテレサの全身を包み込む。
大事に手に抱え込んでいたプリムラの鉢植えが手から零れ落ちたのと、階上から落ちてきた「もの」を援け出すためにベランダから身を投げたのは・・・ほぼ同時だった。

******

「まったく人助けとはいえ、無茶しちゃいかんだろうが!」
「すみません・・・」

右手にグルグルと巻かれた包帯が傷の深さを物語っていた。
厳しい口調ながらも佐渡が心底自分を心配しているとの気持ちが分かって、テレサは項垂れたまま言葉を返した。

「あんたが身を挺して助けた子供は幸いかすり傷ひとつなかったわい。右手の傷だけで済んだから良かったようなものの・・・下手したらあんたもあの子もあの世へ行っておったぞ」

冗談交じりながらも、佐渡の放った言葉の意味に気付いて体が一瞬ブルッと震えた。
そんなテレサの様子を感じ取った佐渡はいつもの優しい笑顔に戻るとテレサにそっと言葉を零した。

「あんたにもしもの事があったら・・・わしゃ、一生島から恨まれなくちゃならんからのぉ。あいつも普段は冷静を装っておるくせに、あんたのことになると我を忘れて無我夢中になってしまいおるからのぉ〜♪」
「・・・えっ?」

佐渡の放った言葉の真意を図りかねてそっと振り向いたテレサに佐渡は包帯の替えと内服薬を手渡しつつ、最後の言葉を述べた。

「島を・・・よろしく頼みますぞ!あいつを支えられるのは・・・あんたしかおらん」

******

帰りたくなかった。
本当は帰りたくなかった・・・。

自宅へと向かう足取りが重くなっているのは、見詰めたくない現実と向き合ってしまうから。
大切に・・・ずっと大切にしていたはずの島との約束を果たせなくなってしまった自分が憎いから。
それでも他に帰る場所などなくて・・・

いつもよりも重く感じるドアを開けた瞬間に、避けていた現実と遭遇する。
真っ暗な部屋に月の蒼白い光だけが差し込んで、わずかな色を部屋に添える。

砕け散った鉢植えの無残な姿と僅かに残っていたプリムラの苗が・・・テーブルの上で時間の波間に取り残されていた。

玄関先でしゃがみ込んで嗚咽を漏らすテレサに月の光がそっと語り掛ける。
でもその月の想いさえも今は拒絶してしまうほどテレサの心は自分自身を責め続けていて。

・・・やっぱり
・・・やっぱり私は・・・駄目なんです・・・
島さんの優しい想いを受け容れられる資格などない人間なんです・・・

這いずるようにしてテーブルの元に近づいたテレサは、よろよろと左手を伸ばしてプリムラの苗をそっと手の中に掬い取った。

微かな月の光を浴びたプリムラはそれでも健気に生きようという願いが漲っているような気がして。
たった一つだけ残った蕾は確かな命の重みをテレサの掌に伝えていて・・・。

溢れ出す涙を拭おうともせずに、ただただプリムラの苗を見続ける自分に背後から届いた声がテレサの心を現実に戻した。

「・・・テレサッッ!!!」

顔面蒼白で走り寄って来る島の顔を呆然としたまま、見詰め続けるテレサ。
夢を見ているような現実にテレサの口から思わず言葉が漏れる

「し・・・島さんっ!・・・お帰りは明日ではなかったのですか?」
「予定は未定だよ。急に帰ってくることもたまにはある!」

しかしそれは特例中の特例であることを島はテレサに気付かれぬようにテレサにひた隠しにしようとしていた。
佐渡から内密に連絡を受けて、半ば強引に溜まりに溜まっていた有給休暇をここぞとばかりに使おうとしていた矢先
「島、只今の時刻より特命扱いで地球帰還を任命する。大至急帰還するように!」と一緒に同行していた古代守に既に先手を打たれていて。
呆気に取られている自分に古代がそっと耳打ちしながら

「島、何をボヤッとしている?お前の最愛の女性(ひと)が一大事なんだぞ?!もっとシャキッとせんかっっ!!!」

耳打ちしたと同時に思いっきり背中をどつかれつつ、悪戯っぽい眼つきでウインクを投げ返されて。
古代に後押しされるようなカタチでここに飛び帰ってきたわけで。

近づく自分に対して、テレサが自分から逃げ惑おうとする仕草をするのは同時だった。

「来ないで!・・・御願いですから・・・来ないでください!」

絶叫とも思えるテレサの声に島の感情が波立っていく。

「どうして?・・・どうしてそんなに僕から逃げ惑う?」

じりじりと迫ってくる島に対してテレサは逃げ場を求めて傷ついた身体を引き摺りながら彷徨う。

「私は・・・私は貴方との約束を破ってしまった人間・・・だからです!」

言いながら心がズタズタに引裂かれていくのをテレサは感じていた。
島が傍にいてくれるという嬉しさを即座に拒否してしまうほど、今の自分は島に対して申し訳なさを感じ続けていて。
ずっと・・・ずっと守り続けていた約束を成就する寸前で手放してしまったのはすべては自分のせいだから。

悲痛な想いを滲ませたテレサの表情を読み取った島の視界に入り込んだプリムラの無残な姿。

そう・・・だったのか・・・!

佐渡から掻い摘んで連絡を受けたときの状況と今の状況を照らし合わせて、事の次第を理解した島の心に前にも増してテレサへの愛しさが募る。
自分から逃げ惑うテレサを追うのをやめた島はそっとテーブルの傍に佇むとプリムラの僅かな残りを手に取った。
土に触れた瞬間にずっと大事に育て上げていただろうテレサの清らかな想いが手に染み透ってきて・・・言葉が詰まる。
彼女がどんな想いでこのプリムラを育ててくれたのか、その気持ちを思い遣って島はポツリポツリと言葉を漏らす。

島に背中を向けて肩を震わせながら泣き続けるテレサの右腕に巻かれた包帯が、彼女の痛々しいほどの感情を物語っていた。

「僕が帰るまで・・・ずっと大事に育ててくれていたんだね」

自分の言葉に僅かに首を横に振るテレサ。

「君は違うっていうかもしれないけれど・・・僕には分かるよ。このプリムラの鉢植えを君が大事に大事に育ててくれていたんだって」

その言葉に反論するようにさらに激しく首を横に振るテレサ。
そんなテレサの姿を見つめながら、島は次の言葉を継いだ。

「この鉢植えを元に再生できる能力を君は使おうとしなかった・・・よね?」

優しさを滲ませながらも真実を衝いた言葉にハッとして、テレサは思わず島の方を振り返る。

「僕の自惚れかもしれないけれど・・・君が力を使って、このプリムラの鉢植えを再生できるはずだったのに使わなかったのは、君が僕との約束を守り通そうとしたからだ・・・って思ってる」

「島・・・さん!」
「この鉢植えは駄目になったかもしれないけれど・・・また一緒に育てよう。君と僕と・・・これからはずっと一緒に」

言葉の端々に滲んだ島の想いがテレサの心を濡らす。
その言葉が島からの遠まわしプロポーズであることにテレサの気持ちが揺れる。
嬉しさを凌駕する申し訳なさが今のテレサの心を覆い尽くしていることに間違いはなく。

「私は・・・貴方と一緒には・・・いられません」

やっとの思いで胸の奥から引き摺り出した言葉は月の光に照らされて静かな闇の中に落ちていく。
沈黙した世界の中で佇むふたりの影はこのまま平行線を辿ろうとしていた。・・・が、

「怪我した右手を庇いながらしばらく生活していくのかい?・・・確かに君も辛いと思うけど・・・」

そこで島は一旦言葉を区切ってテレサを見詰め返した。

「それ以上にそんな君の姿を見ている僕は・・・もっと辛い」

島の言葉が届いた瞬間に、佐渡から最後に言い渡された言葉がテレサの脳裏を掠める。

『島を・・・よろしく頼みますぞ!あいつを支えられるのは・・・あんたしかおらん!』

佐渡の言葉を思い出しながら、見詰めた島の眸に優しい月の影が映る。
穢れない想いに彩られた眸に言葉を失う。

「君にワガママを言っているって分かってる。でも、せめて・・・せめて君の腕が完治するまでは君の傍にいさせて欲しい」

島の訴えに心が動かされながらもはっきりと答えを出せない自分がもどかしくて情けなくて。
たった一言、素直に「はい」と頷けない自分は本当は何よりも島にそばにいて欲しいだけなのに。

「僕は・・・本当は君を苦しませているだけ・・・なのかもしれないね」

自分の方を見ないようにして呻くように呟いた島の言葉がテレサの身体にかつてないほどの衝撃と動揺をもたらした。

違う・・・違う・・・違う!
貴方を・・・貴方を苦しめているのは・・・苦しめているのは・・・!

「私、ずっと貴方を自分のことで苦しめ続けている・・・って思ってました。今もそれは変わらない気持ちです。でも、今貴方が仰っていただいた言葉で・・・本当の自分の心に気がつきました」

月の光を背にして立つ自分の影法師が島の影法師と微妙に重なり合う。
その影を見届けながらテレサは自分の前に立ち尽くしている島に向けて泣き笑いの表情のまま言葉を闇に溶け込ませた。

「ご迷惑をお掛けするかもしれません。ご苦労を掛けさせてしまうかもしれません。・・・でも私は貴方に傍に・・・」

言葉の続きを最後まで言い切る前に、島の手が動いて包帯で巻かれた右手が大切に腕の中に包みこまれた。

「包帯を交換する時間・・・だよね?」

島の眸に僅かに見え隠れした雫は汗だったのか、それとも・・・

「御願いします・・・島さん」

テレサの呟きに満足そうに微笑む島の笑顔が月の光の中で一際優しい色に塗り換わっていた。

******

イスに腰掛けながら眸を閉じている島の睫の先が微かに揺れる。
テレサから受け取った毛布を腰掛けたままの己の上に羽織らせたまま、少し安堵の表情を浮かべてつかの間の眠りに就いている島の姿に・・・テレサの心は幸せの波に押しつぶれそうになる。

まるで病院で付き添うかのようにベッドに横たわった自分の傍で、イスに腰掛けながら心配そうに見詰めていた島もハードな予定が祟ってか、ほんの少し前にウトウトし始めたらしかった。
それもこれもみな、テレサの傍に居ることが出来るという安心感に裏打ちされているからであって。
島の身体からずり落ちた毛布をそっと身体に掛け直しながら、テレサは島に向けて美しい微笑を零すのであった。

「島さん・・・ありがとうございます・・・」

そっと零れ落ちた涙が僅かに残っていたプリムラの苗に一筋の虹を掛けた。

月はそんな二人の姿を微笑ましく見詰めているだけだった。

*****

「テレサッ!テレサッ!早くこっちに来て欲しいんだ」

興奮したような口調で自分の名を呼ぶ島がいつもとは違うような気がして、テレサの心は不安になる。
朝食を一緒に食べ終わって、島が後片付けをしている最中に薬を取りに向かったテレサは、リビングから大声で自分を呼びつける島の声に気がついた。

「島さん・・・?」

自分の元に近づいたテレサを確認した島はそっと後ろ手に隠していたものを差し出した。

「見てごらん・・・」

島の手の上に載っていたものは・・・鮮やかな黄色で咲き誇っている可憐な一輪のプリムラだった。
小さいながらも命の輝きを一心に解き放っているプリムラの姿にテレサの眸から涙がとめどなく零れ続ける。


「僕と君の約束は・・・叶えられたんだよ」


自分の言葉を聞きながら嬉しさで泣き崩れるテレサの肩をそっと優しく抱き寄せる島。
そんな二人の姿を見届けながら・・・プリムラは吹き抜ける風に優しい思いを撒き散らしていく。

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