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仕掛けられた罠 〜字書きの為の50音のお題〜

2004年10月13日 サイト初掲載作品

「・・・お前・・・本当に正気で言っているのか!?古代!!!」
「・・・正気も何も・・・お前以外に頼めないから、こうしてお願いしに来たんじゃないか!」

静かなホテルのロビーを一種異様な雰囲気に貶めている、かなりハイテンションな言い争いの応酬。
傍にいた客がびくつきながら距離を置き始めているのに気付いて、周囲を窺いながら声のトーンを落とす。

「公共の場であまり大声を出すものじゃないな。座って落ち着いて話そう」
「・・・了解」

冷静を取り繕ってはいるものの、まだ覚めきらない興奮の余韻が絞り出す声の端々に漂っている。
次に出す言葉を思い浮かべながら、少し落ち着こうと飲んだ珈琲は既に冷え切っていた。

「・・・もう一度訊く。お前は本当にそれでいいのか?」

古代の返答によっては反論も辞さない覚悟で凄みを効かせて言った言葉は、古代からの返答でガラガラと音を立てて崩れ落ちていった。
そう、それはそれは見事なほどに。

「お前しか頼める奴がいないからこうして頭を下げているんだろ!?それに気付けよ、島!!俺と同じ位の体格で、俺からの信頼が厚くて、口が堅くて、俺とも雪とも知り合いの奴を3秒以内に答えてみろよ、島っ!・・・お前以外にいるか!?」

・・・古代の目が据わっている。
こういう時の古代は言い逃れできないほどの本気だと、嫌というほど知っているが故に、俺に対して容赦なく突付いて来る古代に反論する術などなく。

「うっ・・・!」

言葉に詰まっている俺を、「それみたことか!」と言いたげに横目で睨む古代は口元に小憎らしい笑みを称えながら止めを刺した。

「俺の勝ちだな、島!だから最初ッから俺の言うとおりにしていればこんな惨めな醜態を晒さなくてもいいものを。お前は最後の詰めが甘いんだよ、昔っから!」
「言いたい事をズケズケと言いやがって!大体お前が怪我なんかするから、こういう展開になったんだろうがっ!」

言い返し出来ない口惜しさを込めて言い放ちながら、包帯でグルグル巻きになっている古代の右足目掛けて軽くパンチをお見舞いする。

「痛ってぇぇぇぇぇ!!!!!」

半泣きで大袈裟にしかめっ面をする古代を見ながら口元が綻び始める。
古代の奴もつられて笑い始める。
静まり返っていたロビーは再び喧騒に包まれていくのだった。

*****

「・・・やっぱり止めよう。もう一回日付を改めて、お前と雪が一緒にやるべきだ」
「オマェ〜〜〜!!!此処まで来て止めるってのは意気地なし以外の何物でもないぞ!男なら二言はするなよ!」
「・・・そうは言ってもお前と雪との問題だろうがっ!俺は未だかつて聞いた事ないぞ。ウエディングドレスの試着会に、婚約者じゃない男と一緒に挙式予定の花嫁がドレスやタキシードを試着するなんて!」
「俺だって前日までそう思っていたよ。だけどこの怪我じゃどうしようもないだろ?!お前は俺に恥を掻かせたいのか?」

恨めしそうな眼つきで睨む古代を少し哀れに思いながらも、何とか状況の改善を試みる。

「試着会は今日だけじゃないだろ?後日改めて頼めばいいじゃないか!雪だってそう思っているはずだ」

自分としてはかなり前向きな解決案を出したつもりでいたが、古代の大きな溜息がそれを打
ち消した。
激しく落胆している様子に思わずびびる。

「・・・島、俺だって最初はそう思ったよ。だけどな、世の中には世間一般の男が思いつかないような世界が現実には存在しているんだよ・・・」

半ば放心状態で訥々と語りだされる古代の言葉に、さーっと顔面が蒼白くなっていくのを俺は自覚した。


・・・女って・・・女って・・・一世一代の晴れの舞台に、こんなにまで意気込んでいるものなのか!!!


しかも雪ではなく、雪のお袋さんが「娘の為にどうしても!」と古代に懇願したというのだから始末に終えない。
その後の展開を察して・・・思わず零れた本音。

「・・・古代、まぁその・・・色々と頑張れよ・・・」

古代の方を見ずに軽く肩をポンポンと叩いて励ましただけなのに、古代の奴は俺の言いたい事が分かったらしい。

「・・・サンキュー、島」

その一言に込められた古代の気持ちが痛いほど分かって、俺たちは二人並んで空を見上げながら溜息をひとつ零した。

*****

「・・・こういう堅苦しいのはやっぱり苦手だ、俺;;;」
「そういうなよ!案外似合ってるぜ、島。馬子にも衣装ってやつか!?」
「馬鹿!勘違いするな!本当はお前が着る予定のものだろうがっ!・・・一体誰の為に俺がこんな着慣れないものを着ているのか分かってるのか、古代!?」
「ハハ・・・すまんすまん!」

いくら衣装だっていっても、窮屈以外の何物でもないタキシードを着込みながら、脇を通り過ぎるカップル達の様子をこっそりと窺う。
みなどこか晴れ晴れとした初々しい表情のまま、幸せを丸ごと体感しているような風景に少しだけ心が和む。


・・・彼女のドレス姿・・・きっと物凄く綺麗なんだろうな・・・。


ふと頭に思い浮かんだ気持ちに、思わず胸が詰まる。
俺と一緒に居るのなら、もしかしたら一生着る予定もないだろうテレサのウエディングドレス姿が頭にちらついて離れない。

ふとした弾みで零れ出た問い掛けに、無表情に呟いた彼女の言葉が僅かな痛みとともに胸にまだ残っていて。

「貴方といつも一緒にいられるのであれば・・・それ以上の幸せは望んでいません」

一緒には暮らしていても結婚式を挙げることなど考えも及びつかなかったことだから、実際にこういう場に来て俺の中の気持ちが揺れ動いているのも事実。
彼女が本当に挙式を望んでいないのであれば、ウエディングドレス姿を見たいとついつい思ってしまうのは、自分勝手なワガママにしかならず。

・・・だけど、はっきりと彼女の意志を確認してはいないから、実際のところ彼女がどう思っているかは、未だ分からないままで・・・

グルグルと渦を巻いていく、混沌とした気持ちにストップを掛けたのは古代の一言だった。

「島、時間だぞ!」

別室で着替えて既に待っているはずのウエディングドレス姿の雪の元に歩き出した俺の足取りは、心なしか異様に重い気がした。

******

「・・・古代、やっぱり止めよう!」

今まさにドアを開けんとした古代の腕を掴む手に力が篭る。

「・・・島、往生際が悪いぞ!俺だけならともかく雪にも迷惑を掛ける気か!?それは俺が許さない」

躊躇した足取りのままドアを開いて飛び込んだ俺の目に映ったものは・・・

部屋の中央で佇みながら俺を待っていた人影は・・・
ゆっくりと俺の方を振り向くと恥ずかしそうにそっと微笑む。
眩い光を背に受けて立つその姿は、いつか何処かで似たような光景を瞬時に蘇らせた。


・・・そう、あれは俺と君が初めて逢ったあの時と同じだ・・・!


頬に軽く掛かる白いレースのヴェールの向こう側で睫を伏せて俯いている表情は今まで見たことない位に、美しい女神そのままの姿だった。

「・・・テレサ・・・!?」

呻くように呟いた俺の言葉を聞いた彼女はほんの僅か頷くと、少しだけ顔を上げて俺を見つめ返した。
いつも見慣れたロングヘアーを丁寧に編みこんでアップにした髪の毛に散らばる、真っ白なマーガレットの花。
シンプルな白一色のドレスが、却って彼女の美しさを際立たせていて、見ているものの目を圧倒した。
ヴェール越しに見える彼女の顔色はほんの少し上気して薄紅色に染まり、可憐な唇はいつも以上に清らかさが増していた。

「・・・どう?島君?!びっくりした!?」

テレサの背後から茶目っ気たっぷりな笑顔を称えて登場した雪に、つい口から零れた憎まれ口。

「・・・古代の怪我も・・・お前達の予定通りだったのか?」

少し引き攣った顔のまま訊ねる俺に、雪があっけらかんとして答える

「あ、あれは予定外。古代君ったら、予想外のハプニングを起こしちゃうんだもの。でもそのお陰でより一層リアリティーが増したでしょ?」
「俺達が喜ぶと思って・・・わざとこんな仕掛けをしたのか?」

心が落ち着いたきた途端に今まで堪えてきた怒りが爆発しそうになる。
俺はともかくテレサを引っ張り出してきたことに、怒りのボルテージが急激に上がっていくのを止められない。

「・・・島君、それは違うわ。私達がやったことは確かにあなた達を騙したということに変わりはないと思うけど、こうでもしなければいつまで経っても貴方とテレサは・・・」
「そういうのを余計なお節介というんだっっっ!」

いつになく激しい口調で激昂する俺に、古代も雪も口を噤む。
険悪になっていく部屋の雰囲気を変えたのは、他でもない彼女の叫び声だった。

「・・・おふたりを責めないで下さい!・・・私、嬉しいんです!」
「テレサ!」

ハッとして振り向くと、テレサが両眸に大粒の涙を溜めながらポツポツと声を漏らし始めた。

「確かに雪さん達のお申し出に戸惑ったのは事実です。・・・だけど嬉しいという気持ちに歯止めは掛けられなかった。自分の本当の気持ちに嘘を付くことは出来ませんでした。島さんとこういう風に形だけでも挙式できるという機会が・・・私、とっても嬉しかったんです。古代さんと雪さんではなく、責めるのなら私を責めてください、島さん!」

必死な彼女の声が耳朶を打つ。
彼女が懸命になって言葉を発したことは、かつてテレザート星域からヤマトを送り出そうとした、あの時だけだったことに思い至った瞬間・・・強張った言葉が口から漏れた。

「古代・・・雪・・・。すまんが俺とテレサのふたりだけにさせてくれないか?」
「でも、島君っ!」

俺に向かって言葉を発しようとした雪を、すかさず古代が制す。

「雪。島とテレサをふたりきりにしてあげよう」
「古代君!でも・・・」
「俺達の出番は終わった。後はふたりが決めることだ」

古代の言葉に雪も自然に従う。
連れ立って俺達の前から姿を消そうとする二人を見ずに、俺は声を掛けた。

「・・・馬鹿だよ、ふたりとも。俺達のことなんかより、もっと自分たちの幸せを考えろよ。全く二人揃ってお節介焼きめ!」

俺の言葉に、古代がフッと笑みを漏らしながら明るく言葉を掛ける。

「素直じゃないのはお前の方だろ、島!・・・また逢えるのを楽しみにしてるぜ!」

雪に脇を支えられながら静かに部屋を去っていく古代の後姿に、深く一礼する俺だった。

*******

いったいどれくらい時間が経ったのだろう。
さっきまで真上からの真っ直ぐな光が差し込んでいた部屋は、時の移ろいと共に斜めから差し込む光によって彩られていた。

「・・・そっちにいっても・・・いいかな?」

俺の言葉を、壁際で立ちすくんだまま聞いていた彼女の身体が、一瞬だけビクッと震える。
どう答えたらいいか、考えあぐねているような彼女を見つめつつ、少しずつ距離を縮めていく。
彼女からの答えがないことを了承と受け取った俺は、彼女の傍まで歩み寄ると、そっとヴェールを指先で摘み上げつつ、華奢な彼女の躰をゆっくりと抱き寄せた。
途端に強張る彼女の躰を、静かに解き解すように腕に力を込める。


「・・・ゴメン・・・」


それだけ言うのが精一杯で。
俺の言葉を黙り込んで聞いていた彼女の躰が、腕の中で涙と共に緩やかに崩れ落ちる。
彼女が流している涙の意味が今になってようやく分かった自分が情けなくて、どうしようもなくて。
あの時古代達を責めたのだが、本当は俺が・・・俺自身が責められなければならないことを今更ながらに気付いて。
・・・それでも君とこうしていつまでも一緒に生きていきたいと願う気持ちは、昔も今も変わらずに続くかけがえのない想いであることだけを頼りに、俺はずっと・・・ずっと・・・!

「・・・君を幸せにできる保障は今の僕には何一つない。・・・これからも君に迷惑を掛けてしまうかもしれない・・・。だけど・・・だけど僕は君の傍でいつまでも・・・」

泪に濡れた彼女の頬をそっと両手で包み込む。
ゆっくりと重なり合うシルエットの向こう側で煌きだした星がひとつ、空を瞬く間に駆け抜けた。

*****

(仕掛けられた罠のつづき)

「・・・で!?これはまだお前達の計画の途中なのか、古代ッッ!!!」

いつも見慣れた制服姿ではなく、正装してズラッと目の前に並んだヤマト乗組員の面々に向けて一人ずつガンを飛ばす。
思いっきり凄みを効かせたつもりでも、長い時間を一緒に過ごしてきた仲間に、そんなものは通用するはずもなく。

「島さん、似合いますよぉ〜♪ヨッ、色男!」
「島さぁ〜ん!そんな怖い顔してちゃ、せっかくタキシード着ていても台無しじゃないですかぁ〜!さ、スマイル♪スマイル♪♪」

ここぞとばかりに囃し立てる相原と南部に軽く蹴りを入れつつ、俺の前方を歩いている古代に顔を寄せて小声を漏らす。

「コイツらはしょうがないにしても(本当はよくないが!)、・・・どうしてお前の兄貴まで正装して此処にいるんだ!?」

一番言われたくないことを俺に言われてしぼんでいく古代の代わりに、雪からのフォローが入る。

「古代君ね、昨日うっかり相原君に喋っちゃったらしいのよ。相原君に喋っちゃった・・・って言うことは、その先の展開はどうなるか、目を瞑っていても分かるわよね?島君!」

フォローを入れているのか、それとも逆に古代を追い込んでいるのか分からない雪の言葉に落ち込む古代に、少し哀れみを感じる俺って、やっぱりお人好しなのかもしれない;;;、

「君達、色男の噂話は女性同士の場に限定して欲しいものだな」

ドヨドヨと澱んでいた雰囲気をものの見事に粉砕するかのように、圧倒的な迫力でズンズンと近づいてきた古代参謀のカウンターパンチに、一同声が出ない。

その洗練された身のこなし、黙って立っているだけで人の目を惹き付ける華やかさ、オトナの落ち着きを漂わせたその都会的な仕草ひとつひとつは、見事なほどにピッタリと決まっていて。

較べちゃいけないんだろうが、やっぱり・・・俺の目は無意識に古代を見ていた。

「お前の言いたいことは、今のお前の眼つきを見てれば分かるぞ、島ッッッ!!!」

半ばやけくそで怒鳴り散らす古代の姿には『悲惨』という言葉以外見当たらず。
イジケて拗ねまくる古代に雪が笑顔で語り掛ける。

「古代君。もういい大人なんだから、拗ねるのはおよしなさいな。ほぉ〜ら♪みんなが見てるわよ!」

『鮮やか!お見事!』という以外には言い様がない雪の古代のフォローの仕方に、一同感嘆の目付きで目を見張りながらも、心の奥底で皆一様に同じ事を感じていたに違いない。

『結婚したら絶対尻に敷かれるな、あれは;;;』

*****

古代と雪に仕掛けられた罠の続きは、俺とテレサが古代達に連れられて出逢った部屋を出た途端に始まった。
ドアの向こう側で俺とテレサが部屋を出るのを待っていたような素振りの相原と南部は、そのまま俺達を二人一緒にして、隣の部屋に引き摺り込むようにして押し入れた。

「な・・・なんなんだ、お前達っっっ!!!」

俺の叫びを無視して招きいれた部屋の中では、既に待機していた連中が雁首揃えて待ち構えていて。
訳も分からずただ立ち尽くすだけの俺とテレサを、雪と古代が先導して中央に案内している最中にさっきのやり取りが始まって。

そこへ颯爽と現れた古代さんに一同の神経がさ〜っと集中していく。

「さて、俺の出番だな!・・・二人とも、腕を組んでこっちに歩いてくるんだ」

凛とした声が部屋の中に響く。
命令口調が板についているというか、古代さんの一声で場がキリッと引き締まるのはさすがというべきか。

「・・・一体何をなさるつもりですか?事と次第によっては逆らう場合も有り得ますよ!?」

僅かばかり不満の声を漏らす俺に、古代さんがばっさりと切り捨てる。

「上官の命令に従うのが、ヤマトおよび地球防衛軍の規律ではないのかね?上官に反論するのであれば根拠と具体的打開策を納得できる形で提示すること!」

一切の反論を赦さないような一撃をまともに喰らった俺は、頷くしかできなくて。

「・・・失礼しました・・・」

項垂れながら呟く俺に、古代さんは軽くウインクしながら意気揚々と話すのだった。

「分かればよろしい!」

ほっと深く溜息を吐いた横で、テレサが不安げな面持ちで俺を見上げていた。

「・・・島さん・・・」

今にも泣き出しそうな彼女の顔を見て、躊躇うだけだった心に覚悟を決める。

そうだ!俺は彼女に心配を掛けないと心に誓ったんじゃないか!
こんなにグラグラしてたら彼女に心配掛けるだけになってしまう・・・。
しっかりしろ、島大介!

「・・・テレサ」

彼女の名を呼ぶと、緊張で堅くなっている彼女の体を解すようにそっと肩に両手を置きながら目線をあわせるように腰を落とす。

「このまま流れに任せよう。大丈夫!君のことを取って食べたりする連中じゃないから」
「・・・でも・・・」

不安が過ぎる眸を宥めるように見つめながら、そっと彼女の右手を取ると自分の左腕に掛かるようにして腕を組んだ。

「僕を信じて・・・!」

テレザリアムで彼女に対して放ってしまった「どうしたらいいんだ?!」という台詞と正反対の
意味を込めた言葉を今、彼女に再び掛けることの嬉しさで胸が張り裂けそうになる。
その言葉を聞いた途端、俺の気持ちに気付いた彼女は一瞬だけ組んでいた腕に力を込めると、目の淵をピンク色に染めながら一粒だけ泪を流した。

「・・・はい」

******

前方にいる古代さん目指してゆっくりと静かに歩調を併せて歩き出す、俺と君。
さっきまで騒然としていたギャラリーは即座に静まり返り、まるで波が引くように俺達の行く手を切り開いた。
時折隣を歩く彼女を気遣うように見下ろすと、彼女もまた潤んだ眸で俺の顔を見つめ返すのだった。

一歩踏み出すたびに、少しずつ近くなる心の距離。
あの日あの時感じた苦しみや切なさはこの先も決して消え去ることなどないと分かってる。
・・・だけど、あの辛く苦しい日々を忘れずにいるからこそ・・・
僕と君はこうして二人一緒に歩き出せる幸せを何よりも嬉しいと感じていて。

・・・歩き出そう、一緒に。
・・・支えあおう、ふたりで。
・・・傍にいよう、いつまでも。

それが僕が君に出来る、君が僕に出来るただひとつの幸せの形だと思うから。

*****

相変らず泣き虫だな、相原。・・・晶子さんとお前がこうして歩くのもそんなに遠い未来じゃないはずだ。

たまには神妙なな顔つきをするんだな、南部。・・・お前のそんな顔を見てしまったらこっちまで緊張するじゃないか!

お前も相原につられて泣きそうな顔してるぞ、太田。・・・今の俺は航海長ではなくて、ただのひとりの男にお前の目に映っているんだろうか?

久しぶりに見たよ、雪の泣き顔。・・・今度は絶対にお前達の番だぞ。

・・・古代・・・。・・・俺は今、お前に対してこの言葉しか言えない・・・ありがとう。


様々な想いが胸の中を駆け抜ける。
駆け巡りながらも、彼女の腕から伝わる想いが俺の心に染み透っていく。

「・・・よく此処まで辿り着いたな、二人とも。・・・長かったな、色々と」

古代さんの台詞の重みに今までの想いがシンクロして何も言えなくなる。
思わず俯いた俺の頭を、古代さんが手を伸ばしてグシャグシャと掻き毟る。

「まだ泣くのは早いぞ。後で南部達にからかわれるはずのうってつけの材料を自分からみすみすと提供してどうする!?」

古代さんらしい励ましに、心が掬われていく。
やっぱりこの人には敵わない・・・いや、本から敵う筈もない。

「二人ともそこに並んで」

古代さんが指し示す場所に静かに移動する、俺と彼女。
俺達が移動したのを見届けて、にこやかに一回だけ頷いた古代さんは張りのある声で言葉を紡ぐ。

「島大介、あなたはテレサを生涯の伴侶とし、
 良き時も悪しき時も、
 富める時も貧しき時も、
 病める時も健やかなる時も、
 愛し続ける事を誓いますか?」

俺は隣にいる彼女をそっと見詰めつつ腕を組んでいる彼女の腕に力強くもう一方の手を添えると、決意を込めた声で応えた。

「誓います!」

「よろしい!上出来!ではテレサ。
 あなたは島大介を生涯の伴侶とし、
 良き時も悪しき時も、
 富める時も貧しき時も、
 病める時も健やかなる時も、
 愛し続ける事を誓いますか?」

彼女は古代さんの声を静かに受け止めながら一瞬だけ俯くと、次の瞬間俯いていた顔をサッと上げて、小さくも凛とした声で力強く応えた。

「・・・はい。誓います」

「では・・・誓いの口付けを」

古代さんの言葉にうっかり反応しそうになる意識を押し止めて、本日最初で最後の精一杯の猛抗議を展開する。
最初から勝負はついているはずだけど、敢えて玉砕覚悟で。

「ちょ・・・ちょっと待ってください!それだけは勘弁してください!この通り御願いですから!」

俺自身が恥ずかしいというよりも、テレサの恥ずかしさを想っての抗議だからこそ古代さんに対して激しく食い下がる。

「島・・・、諦めるんだな。よく見てみろ!周りの連中の血走った眼(まなこ)を。お前、半殺しの目にあいたいのか?」
「そうは言っても・・・」
「ここで終わりにしたら、お前は一生『意気地なし』って言われ続けるぞ!?一生ネチネチとからかわれるのと、ここで勇気を出して男気を見せるのとどっちが得策だ?」
「・・・古代さん。それ全然フォローになってませんよ;;;」
「ま、諦めたまえ!世の中ってのは、そういうもんだ」

いつまでも誓いの口付けを交そうとしない俺達の周りに、殺気に似た気配が漂う。
本能的にこれは拙いと悟った俺はテレサをそっと抱き寄せるとヴェールを摘み上げ、目にも留まらぬ速さで彼女の額に一瞬だけ軽く口付けた。

「これで・・・これで勘弁してください!」

半泣きの俺に対して、古代さんの情け容赦ない言葉が炸裂する。

「駄目!却下!もう一度やり直し!それは誓いの口付けには非ず。・・・島、そんなもんで誤魔化されるほど甘くは無いぞ、世の中は」
「そ・・・そんなぁ〜;;;」

その時だった。
激しく脱力する俺の腕を、力強く支える腕の存在に気がついた。
慌てふためいている俺の隣で、何かを決意したようなテレサの表情に思わずハッとする。

「・・・島さん。私が恥ずかしがるから・・・と思い遣ってくださる島さんのお気持、私にはちゃんと伝わってます。・・・私が原因で、島さんご自身が困る事態になって欲しくないんです。だから私は・・・!」

彼女が全部言わないまでも彼女が言わんとしている想いに触れて、ちっぽけなプライドがガラガラと崩れ落ちる。

・・・どうして君はそんなにまで俺の事を・・・!

そう思った瞬間に、堅くなっていた体から力がスッと抜けていくのが分かった。
無意識に動いた身体はごく自然に彼女の身体を抱き寄せると、心を込めた口付けを彼女の唇に落とした。

・・・今、この瞬間は周囲のことなど一切気付かないまま
・・・彼女を、彼女だけを見詰め続けている気持に心が・・・体が蔽い尽されていて。

一秒とも永遠とも思える時間が、俺と君を包み込む。
そっと唇を離すと、透明な雫を零し続ける君の眸が深い信頼と愛情を伴って俺だけを見つめ続けていた。

わ〜っと盛大に湧き上がる拍手の波と、甲高い歓声とあちこちで鳴り響くクラッカーの音がたちまち部屋を埋めつくす。
興奮の坩堝に包まれた部屋を、幸せな時間がまたひとつ彩りを添えた。

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