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永久への架け橋 〜番外編〜

2003年8月8日 サイト初掲載作品
(一つ前にUPした 永久への架け橋の別バージョンとなります)

・・・それはあの日から数日経った日のことだった。
古代の口からもたらされた衝撃の事実のショックが、まだ癒えない矢先のことだった。
表面上は何とか取り繕って、今までと変わらない様に入院生活を送っていた俺だったが、
本当の自分の心はおいそれと誤魔化しきれる訳ではなかった。
日に日にその事実が自分に重く圧し掛かってきている現状に・・・俺はただ流されるだけだった。
抵抗すればするほど切なくなっていく心がわかっていたから・・・
無理に元気を取り繕うとしても、無理をした分だけ澱んでいく気持がわかっていたから・・・。

前に進むことも、振り返ることもできないままその場に立ち竦んでいるだけの俺の気持は、
ちょっとした弾みでボロボロと崩れ落ちてしまいそうになるくらい、脆く濁っていた。
ただ時間だけが・・・俺の心を気に掛けつつ・・・そっと通り過ぎていくだけの毎日だった。

****

「・・・島、入るぞ」

やや強ばった声と共に姿を現した古代を見て、ベッドの上で起き上がったままぼんやりと外を眺めていた俺は、彼方に遠ざかっていた意識を徐々に取り戻し始めた。

「・・・なんだよ、部屋に入ってくるときはノックぐらいしろよ!最低限のエチケットだぞ」

軽くジャブを投げると、古代の口元に微かな笑みが零れる。

「相変わらず行儀にはうるさいヤツだな。ま、お前らしいといえばお前らしいが」
「それ、褒めてるのか?貶してるのか?」
「当然、褒め称えてるんですよ、島航海長殿!」
「・・・お前が畏まって言うと、全部冗談に聞こえるぞ!」
「・・・ったく、相変わらず口の減らないヤツ!」
「それはこっちの台詞だろ!?古代!」

俺達はお互い見つめあうと、堪らずにプッと吹き出した。
途端に笑い声が漏れる。
徐々に大きくなる笑い声は、殺風景だった部屋の中を新しい色に塗り替えていく。

「やっぱりお前と話す時はこうじゃなくっちゃな!」
「馬鹿!お前のレベルに下げて話をするこっちの身も案外大変なんだぞ」
「・・・島ぁぁぁ!!!お前ぇぇぇぇ!!!!!」

口を尖らせて抗議しながらわざと拳を振り上げて威嚇する古代を、俺は笑いながら押しとどめた。

「冗談だってば、冗談!・・・ところで俺に何か用事なんだろ?」

まだ笑いを噛み殺したまま話す俺の顔を見て、一瞬だけ翳った古代の表情。
それを見ていた自分の身体が即座にビクッと震えたのを・・・俺は分かっていた。
古代の顔から視線を外してベッドの上に視線を移した俺は、わざと古代の方を向かないまま俯いて言葉を紡いだ。
喉から迸った言葉は僅かな苦味を伴なって口の中で幾度も反芻しながら、ようやく古代の元へと届いた

「・・・古代、俺はもう大丈夫だから・・・。遠慮しないで言ってくれないか?」
「島・・・」
「・・・もうあれ以上の衝撃を受けることは無いと・・・俺・・・分かってるから」

言いながら手の中の毛布をギュッと握り締めた。
手繰り寄せられた毛布の皺は俺の苦しみを現しているかのように・・・幾重にも折重なっていた。
古代が軽く息を吸い込んだのを気配で感じて、高ぶっていく気持。
佇んでいる空気を切り裂いて言葉を発した古代の乾いた声。

「・・・島・・・テレサからお前に渡して欲しいと預かったものだ」

カサッとした音と共に俺の目の前に差し出された古代の右手。
その掌の上には透き通った蒼緑色の小さいカプセルがあった。
その色は・・・テレサの瞳と同じ色をしていて・・・彼女の面影を瞬時に蘇らせた。

「古代・・・これは・・・」

俯いたままだった顔を上げ、上目遣いに古代の顔を見上げると硬い表情のまま口を噤んでいる奴の姿があった。

「・・・もしお前が意識を取り戻したら・・・お前に呑んで欲しいそうだ」
「俺に?!・・・一体、何故!?」

古代は一瞬考え込んだ後、重い口を開いた。

「このカプセルは・・・お前の中からテレサとの記憶が一瞬のうちに一切消滅する薬だそうだ」
「・・・!!!」

顔から音を立てて引いていく血の気。
体中から一気に噴出した冷や汗が瞬く間に身体を覆い尽くす。
古代が放った言葉を理解しようとする意識が奈落の底に突き落とされていくのを俺は分かっていた。
ガクガクと震えだす身体の振動が伝わって、ベッドが微かに揺れる。
僅かに開いた唇が乾き切り、強ばったまま動けない表情に追い討ちを掛ける。

「・・・島、テレサは本当にお前を愛していたから・・・愛していたからこそ・・・自分の面影をいつまでも背負いながら生き続けていかなければならないお前の苦しみを・・・取り除いてやりたいんだと思う。・・・自分のことを一切忘れて、新たな気持ちでこれからの人生を歩んで欲しいという彼女の願いが・・・俺には少しだけ分かる気がする・・・」

俺の頭の中を通り過ぎていく古代の言葉の意味を理解しながらも、猛烈に反抗していく想いを
俺は止めることは出来なかった。
即ちそれはテレサを心の底から愛しているという気持そのものに間違いなかった。


・・・テレサ・・・!!!


俺は古代の掌からそのカプセルを取り上げると、一瞬だけ視線をカプセルに留めた後、そのまま掌の中に押し込みギュッと握りつぶした。
ひんやり冷たい液体が俺の掌の中から零れ落ち、毛布に緩々と流れ落ちていく染み。
それはまるで、テレサが零している涙のようにも思えた。

「島っ!・・・おまえ・・・いいのか?」

うろたえた表情で俺の顔を覗き込む古代。
虚ろな瞳で零れ落ちる液体を見つめたまま、俺は胸の奥から言葉を絞り出した。

「・・・古代・・・お前、俺と知り合ってもう何年になる?」
「・・・島・・・!」
「俺ならこうするはずだと・・・お前、分かっていたはずだ。・・・違うか?」
「・・・」

一つ軽く深呼吸すると、俺は古代に向って微笑みながら呟いた。

「古代・・・ありがとう。・・・見舞いに来てもらって悪いんだが・・・少しひとりになりたいんだ」

古代は何かを言いたげだったが、俺の顔を見つめながら軽く一回頷くと口元に小さな笑みを浮かべた。

「分かってるよ、島。今度見舞いに来るときはもっといい知らせを持ってこられるようにするよ!」

古代はポンと軽く俺の肩を叩くと、そのままドアの外に消えていった。


古代・・・ありがとう・・・。


古代の姿が消えたドアに向けて、俺は深く深く頭をたれた。

*****

いったいあれからどれくらい時間が経ったのだろう?
古代の姿が無くなった部屋でぼんやりと時間を過ごすだけだった俺は、ゆっくりとベッドから立ち上がると、
少しふらつく足取りで窓辺まで足を運んだ。
自分の力で歩くというのがこんなにも・・・こんなにも嬉しいことだったなんて今までの俺は気付くことさえなかった。

この嬉しさをもたらしてくれたのは、君が僕に命を繋いでくれたから・・・
テレサ・・・君の命を僕に繋いでくれたから・・・

テレサ・・・君がこれからの俺のことを思って古代にあの薬を託してくれたんだって・・・
君の気持が痛いほど判るんだ。
・・・もし、俺が君と同じ立場だったら・・・俺もそうしたかもしれないって判るから・・・

だけど・・・俺は君を愛しているんだ。
前よりもずっと君の事が愛しいんだ。
これからもずっと・・・ずっといつまでも君だけ・・・君だけを想っていたいんだ。
君が託してくれた願いを聞き入れない俺を・・・君は憎んでるだろうか?怒ってるだろうか?

木々から零れる陽射しが、一際眩しい光となって俺の身体を照らす。
それは俺が心に誓った揺ぎない想いを天高く飛び立たせようと促すかのように一筋の途となり、俺がこれから歩もうとしている行く先を指し示しているかのようだった。

テレサ・・・俺の体の中で生き続けている君と
・・・君と一緒にいつまでも二人で・・・生き続けたい!
・・・それが俺の・・・俺の願いだから!

蒼く澄み切った空の向こうで・・・俺に優しく笑い掛ける彼女の笑顔が目に浮かぶ。
天から零れる光の中で・・・永遠の真実が、今、時を止めた。

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