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全て抱き締めたい 〜字書きの為の50音のお題〜

2005年6月24日 サイト初掲載作品

日中の蒸し暑さとは正反対の、心地よい夜風が頬を擽る。
少しひんやりとした空気が混じっているように感じるのは、きっと近くで通り雨が降っていた証拠。
フル稼働していたクーラーを一旦止めると、窓を一斉に開け放つ。
部屋の中に沈殿していた人工的な風は瞬く間に自然の夜風に隅に押しやられ、スゴスゴと退散していく。

「夜風が気持ちいいから、君もこっちへ来てみないか?」

風に乗って運ばれた言葉は、ダイニング・キッチンで夕食後の後片付けをしている君の元へ。
リズミカルに続いていた皿を洗う音が一時途切れたと思うと、少しの間を置いて僕の元に還って来る言葉の欠片達。

「・・・はい。このお仕事が終わったらそちらに伺います」

心地よい夜風にも引けを取らぬほどに、涼しい音色で響く君の声が耳元に届く。
いつも聞き慣れている声よりも、ほんの少しだけ高揚しているように聴こえるのは、半月ぶりに任務を終えてようやく家路に辿り着いた僕の帰宅を嬉しがってくれている所為だろうか・・・?

・・・なんて訳もなく自惚れてしまう理由は、きっと僕も君に逢えて嬉しかったから。
ずっと逢いたかった君にようやく逢えて・・・本当に嬉しかったから・・・!

「・・・お待たせしました。遅くなってすみません」

丁寧な口調で詫びながら深く頭を垂れる君の姿勢は、ずっと昔から変わらぬ癖。
一緒に暮らすようになってから大分時間が経つのに、君の僕に対する態度や仕草・・・そして言葉遣いは、初めて出会ったときと変わらぬまま・・・現在に至る。

時折『僕に対してはそんなに畏まった態度を取らなくてもいいんだよ』という意味合いの言葉を、幾重にも折り重なったオブラートで包み込んだ、かなり回りくどい言い方で君に話すけれど、その度に君は少し困ったような顔をして僕にポツリポツリと漏らすのだった。


「・・・どういう態度で接することが、島さんにとって一番良い事なんでしょう・・・?」


回答に困ってしまうような御願いを君にする時点で、僕の底の浅い御願いにピリオドが打たれる。
いや、寧ろ君を困らせてしまうような御願いをする僕に、全責任があるのは明白で。
僕の願いを優先させてしまうことで却って君を困らせたり、哀しませたりしてしまうことを、もう何度繰り返しただろう・・・?


君が傍にいてくれる・・・
            ただそれだけで幸せなのに・・・


どうして僕は君を困らせることばっかりしてしまうんだろう?
どうして僕は君を哀しませてしまうんだろう?

本当に厄介なのは・・・
君を愛するがあまりに自分の気持ちを見失って、君の気持ちに気付かずに一方的に傷つけてしまう僕の方。

相手を愛し過ぎているいるが故に、堂々巡りしてしまう想いは僕も君も一緒のはず。
それならばいっそのこと、思うが侭に抱き締めてしまえばいいものを・・・
いつもいつでも気持ちは空回りするばかり。

臆病な心の隅っこで、相手を想う気持ちだけは絶え間なく流れ続け、保ち続けているのに・・・
勇気を出して一歩前へと進めない君と僕の現状は、分厚い壁に行く手を妨げられていたはず・・・だった。


「自然な夜風にあたるのはこんなにも気持ちいいことだったんですね。島さんに教えて頂くまで・・・私、分かりませんでした」

はにかんだ表情の奥で、僅かにピンク色に染まった頬が闇夜に映える。
まるで童女のように無防備なそのあどけなさが、いつもの君の態度とかなりギャップがあって、知らず知らずのうちに身体の奥がカーッと熱くなってくる。
僕に対して自然に微笑みかける君の表情には、かつてないほどの初々しさが宿り、胸の奥に大切に仕舞ってある気持ちを激しく揺り動かす。

「貴方と一緒にこうして素敵な時間を過ごせることは・・・今の私にとって一番嬉しいことなんです。ありがとうございます、島さ・・・!」

彼女が言い掛けた言葉は夜風に紛れて、どこかへと運ばれていった。
互いの心臓の鼓動が、服を通してでもはっきりと認識できるほどに、力強く抱き締めた君の躰。
突然の僕の行動になすがままになって強張っていた君の躰から、ゆるゆると抜け落ちていく緊張の糸。
抱き締められるだけだった君の躰から静かに伝わってくる、秘められた生命の煌きはまさに今、解き放たれる瞬間を迎えた。

そう、長い間そのときを待ち続けていた僕の心と躰も君と一緒に・・・!

全て・・・抱き締めたい!
在るがままの君を・・・その心を・・・そして想いを・・・!

もう逃げたりなんてしない。
見え透いた言い訳なんてするものか!
君を愛すること以上の強い気持ちなど、今までもこれからも在り得ないはずだから!
君と再び廻りあった、あの瞬間から・・・僕の気持ちはとっくに決まっていたはず・・・!

もう僕は自分の気持ちを誤魔化したりなんかしない。
僕は僕の想うままに君を・・・君だけをずっと見つめ続けていく。
僕の君に対するありったけの想いのままで・・・君の全てを丸ごと抱き締めるから・・・!



緩やかに吹き抜けていく夜風に身を任せ・・・
今宵、辿り着きし・・・深き愛の淵
闇夜に煌く愛の炎に身を焦がす頃・・・
二人の心にようやく梅雨明けが訪れる。

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