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接吻けの後 〜字書きの為の50音のお題〜

2005年2月18日 サイト初掲載作品

『心優しく勇敢な王子は数々の試練や苦難を乗り越え、ようやく愛する姫の下に辿り着きました。まだ眠り続けている姫の、清らかで可憐な唇に思いの丈を込めて接吻けをすると・・・魔女の呪いは解け、二人の幸せな日々は末永く続きました』

*****

カーテンの隙間から差し込む、緩やかな午後の光。
揺らめく光の中に一際強い煌きが勢いを増す春の気配は、少しずつ少しずつ真冬の冷気を融かし始める。
眩さと儚さが混在する光の彼方の向こうで邂逅する心は・・・お互いの領分を認め合いつつ、一歩ずつ近づいていく。
躊躇いと不安が立ち尽くす心の闇の中を、手探りで掻き分けて進みながら。
足元を照らすただ一筋の道標となる、希望の光に導かれて。

毎日同じリズムで立て続けに3回鳴るノックの音。
その音が耳に届いた瞬間に胸の奥から込み上げてくる、言い様のない高揚感にテレサは一瞬全てを忘れ去りそうになる。
恋をしている者にしか分からない、あの少し甘酸っぱくてドキドキした気持ちは、自分の中の決して消え去ることのない罪悪感でさえも少しだけ薄めさせてしまうような気がした。

「・・・こんにちは」

穏やかな笑顔と共に病室を訪れた島の姿を認めて、その恋心は一気に頂点に達しそうになる・・・
が、いつもその手前で目に見えない抑止力が働いて、島を想う気持ちに翳りを残す。

・・・自分は島に愛される資格のない人間であると・・・
・・・多くの貴い生命を奪い去ってしまった罪深き人間であると・・・

心の中に常に蔓延っている尽きぬ事のない罪悪感が、助けを求めて心の底で悲鳴を上げ続けるテレサの心を、きつく縛り上げていく。

恋心に埋没しまいそうになる自分と・・・
恋心すら赦されるべき資格のない人間であると自覚している自分が・・・
心の奥で激しく鬩ぎあう。

一度放棄仕掛けた自我の目覚めを受け容れるべきか・・・それとも一切切り捨てるべきか・・・
どちらの決断もつかぬまま、ただ漠然と病室で過ごすだけの自分に島はいつも優しく接してくれる。

「・・・はい、これ今日の分。君は覚えがとても早いから、今日はどの絵本を持っていったらいいか?って僕はいつも迷うんだ。だけどそれは僕にとって・・・選ぶのが楽しい悩みなんだ」

笑顔と共に差し出された絵本は、少しばかり古びてはいるけれども丁寧に読み込まれたであろう気配が漂っていた。
それはその絵本の持ち主や家族の者が、この世に存在するモノに対して、深い愛情を注いでいるのだと一瞥して分かるものだった。

『僕が小さい頃読んで・・・その後、次郎が読んだ絵本だからだいぶ古びているけど・・・文字を覚え始めた君には一番のテキストだと思って。・・・僕自身の勝手な思いつきだから、君にとっては迷惑な行為かもしれないけれど・・・もし良かったら使ってみて』

島からの優しさが身体を伝って胸の内にゆっくりと染み透っていくのを・・・テレサは感じた。
さり気ない優しさの中に紛れ込んでいる、自分に対する島の無言の愛情を感じて・・・その夜テレサは泣いた。
蒼白い月の光を浴びながら・・・一人ぼっちの病室で静かに声を押し殺して咽び泣いた。
島の想いに自分の気持ちを重ね合わせていく勇気を胸に抱き始めながら・・・。

・・・しかし胸の奥に住んでいるもう一人の自分が、島の胸の中に何もかも全て忘れ去って飛び込んで
しまいそうになる自身を、その強大な罪悪感をちらつかせて責め続けていることも・・・
テレサは心を突き刺す痛みと共に自覚していた。

・・・あの時・・・意識を回復せずにあのままずっと眠り続けていたら・・・
・・・本当は何よりも一番いい事だったのかもしれない・・・。
島さんにとっても・・・そして私自身にとっても・・・。

そう思い至った背景には、昨日島が手渡してくれた絵本を読んだ影響なのかもしれないと・・・
テレサはまだ気付かずにいた。


「・・・島さん」


俯いたまま低く呟いたテレサの表情が何となく沈み込んでいるようで・・・島の胸を微かな不安が過ぎる。

「・・・本当は私・・・あのまま意識を取り戻さないで、眠り続けていた方が良かったのかもしれません」

無意識に毛布を掴んだテレサの指先が、色を失って震え続けていた。
全身を突き抜けた痛みが巡り巡って胸に到達したと同時に、目の前が真っ暗になりそうな衝撃を受けつつも辛うじて堪えた島は、身体を支えようと手を伸ばした先で偶然ベッドサイドの棚に触れた。
その瞬間一冊の絵本が落ちて、凍りついた部屋の空気が派手な音と共に砕け散った。
突然のテレサの発言に激しく動揺して、思考が停止状態に陥ったままの自分の目に映った絵本の題名を眼にした瞬間、島の心に沸々と湧き上がったある感情。

それは何よりも、誰よりも自分はテレサという一人の女性を心の底から愛している、愛し続けていくという揺ぎ無い想い・・・ただそれだけであった。

「・・・テレサ」

言葉の端々が震えているのは、決してさっきの君の言葉を聞いて動揺してしまっているからじゃない。

・・・宇宙の片隅で君に出逢い・・・
・・・君に生命(いのち)を救われて・・・
・・・君と共に生きたいと心から願い続けている・・・
・・・君が命を掛けて救ってくれた、この地球(ほし)に住んでいる・・・
・・・島大介というちっぽけな・・・ちっぽけな人間の・・・
・・・君に対する心からの想いを・・・
・・・君に聞き届けて欲しい・・・ただ、それだけ。

俯いたままのテレサに近づいて、そっとその両肩を抱き寄せると彼女の身体からビクッとした怯えが
手を通じて伝わってきた。
一回だけ深く吐息を漏らして、島はテレサの目を見つめた。
自分の視線から即座に逃れようとするテレサを、その瞬間だけは赦さない意志を胸に秘めつつ。

「・・・君が・・・君が生きていてくれて・・・こうして君と会話したり、見つめ合ったり、その存在を感じることが唯一の幸せだと感じている人間が、今現実に君の目の前にいるってことを・・・君に分かって欲しい」

大粒の泪がテレサの見開いた両眸から零れ落ちて、島の頬を濡らした。

僅か一秒の唇と唇の触れ合い・・・

その一秒に込められた想いは・・・過ぎ行く時の狭間の中で、『永遠の煌き』となって刻み込まれた。

*****

『・・・眠り姫の呪いはたった今、解き放たれました。ですが姫の心の中に蔓延っている呪いは全部消し去られた訳ではないと、王子も気付いています。・・・でも二人は歩き出す決意を決めました。これからも辛く苦しい試練がきっと二人を待ち受けていることでしょう。しかし二人は互いを心から信頼し、深く愛し合い、支えあうことでその困難を乗り越えていくと誓い合いました。何よりも誰よりも愛する人がすぐ傍で生きているという・・・その想いが二人の心を繋ぎ合わせている限り・・・二人の心は決して離れることはないのです』

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