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飛ばない君、飛べない僕 〜字書きの為の50音のお題〜

2005年5月18日 サイト初掲載作品

「・・・本当に・・・本当に彼女がそう言ったんですか!?」

問い返してくる口調に滲む、焦りの色。
虚しく響く言葉の欠片は部屋の壁をチクチクと突き刺すようにして、時間の波に呑まれていった。
堂々と落ち着いた印象を常に周囲に与えている、この温和な青年の気持ちを・・・
一気に揺らがせてしまう要因を想って、佐渡はしばし口を噤む。

微妙な雰囲気が部屋の中に満ち溢れていくのを感じつつ、数分間お互いが沈黙した状況を打開したのは・・・
大きく一回だけ深呼吸した後に、踏ん切りをつけて話を切り出した佐渡の穏やかな声だった。

「島ッ、最初で最後の大サービスじゃ!一回しか言わんから、よ〜〜く聞いておれっ!」

何かに耐えるようにずっと俯いままだった島の頭が僅かに上がったのを見逃さず、佐渡は言葉を続けた。

「『今は逢えない』と彼女はワシに言いおった。・・・『逢いたくない』ではなくて、『今は逢えない』と!」

佐渡の言葉を俯いたままで聞き終えた島の表情に、僅かに生じた変化。
テレサの言葉に隠された本当の意味を紐解こうとする島の顔に、かつてないほどの真剣で必死な想いが宿る。
今、島の意識の中では猛烈な勢いで様々な想いと言葉の断片が行き交っていた。

想いと言葉が交錯し、辿り着いた意識の果てで・・・いつも自分と彼女の状況はすれ違うばかりだった。
相手を想うが故に身体の中を擦り抜けていく気持ちは何度も浮遊を繰り返し、落ち着く場所を失い続けていた。

迫り来る白色彗星の脅威の下、彼女とテレザリアムで運命を共にしようと決意した自分と・・・
己の命と理念を投げ出してまで自分と地球を救ってくれた彼女の・・・
・・・それぞれの想いはひとつに繋がっているはずなのに、正反対にすれ違うだけだった過去の呪縛。

心の底から相手を想う気持ちは一旦は触れ合うのに、交錯したまま突き抜けて別々の方向に行き違ってしまう現実に・・・
自分と彼女は何度辛い想いを味わい、何度泪を流し続けなければならないのだろう?

ようやく・・・ようやく彼女と逢えるという現実に漕ぎ着けた瞬間に、彼女自身から閉ざされた再会への夢。
佐渡を経由して言い伝えられた彼女の言葉は、するりと聞き流しただけでは伝わりきれない、何か重要な意味が隠されているような気がして、島は懸命に言葉の端々を頭の中で繋ぎ併せていく。


もう一度彼女に逢いたい・・・ただそれだけの想いに衝き動かされて。



逢いたくない・・・
         ・・・今は逢えない・・・
逢いたくない・・・
         ・・・今は逢えない・・・
・・・今は・・・
        ・・・今は・・・!?
                 ・・・今は・・・逢えない・・・!?
・・・今は・・・!
         ・・・今は・・・!!!


意識を経由せずにダイレクトに本能に響いた閃きが、島の心に見る見るうちに活気を蘇らせていく。
何かに思い至った島の顔に広がる晴れやかな表情。
それに伴って少しだけ綻んだ口元から飛び出していく、大きな張りのある声。

「分かった!・・・分かったぞ!!!佐渡先生っ、ありがとうございますっっっ!!!」

さっきまで意気消沈していた人物とは似ても似つかぬ様子で、興奮したまま部屋を飛び出していく島の背中に、佐渡の一喝が飛んだ。

「これっ!島っっっ!!!病院内を走るのは禁止と言うておろうがっっっ!!!」

怒鳴り声とは裏腹にやれやれといった様子で苦笑いを浮かべる佐渡の足元に擦り寄ってくる影が一つ。

「・・・『言外に 気付きて 恋にひた走る』・・・どうじゃ!?ミー君!ワシの句も中々のモンじゃろう?」

*****

ドアの手前で必死に呼吸を整えようとするが、息が上がったまま全身が汗ばんでいくのを止められない。
両膝に手を置いて身体を屈伸させたまま何度か荒く息を吸い込んで無理矢理呼吸を整えると、目の前のドアに向けて身体を律した。
立っている自分と平行しているドアは目の前に立ち塞がる強大な壁を思わせた。


ここで怯んじゃ駄目だ・・・!


一度だけ大きく深く息を吸い込むと、島は指先を硬く握り締めて軽くドアに打ち付ける。

コン・・・コン・・・。

軽やかに響いたノックの音を吸い込むようにして立ちはだかるドアはびくともしない。
それでも、もう一回柔らかく音を響かせた後で、島はドアの向こう側にいるはずの人物に向かって語り掛け始めた。
きっとこちら側に耳を傾けているはずの想い人に向けて、心からの想いを吐露するように。

「・・・テレサ。僕は待ってる・・・。君の心が落ち着いて、僕にもう一度逢ってくれると君が決意してくれる日まで。僕はいつもいつでも君を待ってる・・・!必ず待ってる・・・!」

穏やかだった口調が次第に熱を帯びて、最後は叫びに近い言い方へと変化していく。
言い切った後もドアの向こう側からは一切の動きが感じ取れずにいた・・・が、島は分かっていた。
このドアを隔てた向こう側で起こっている彼女の・・・テレサの心に少しずつ何かが変わり始めていることを。

ドアの向こう側から何一つ音はしない。
何か動いている様子も感じ取れない。

・・・だけど島は心で感じていた。
自らの呼びかけに、今このドアの向こう側で静かに泣き崩れているはずのテレサの表情を。
華奢な肩を振るわせ続けつつ、両手で顔を覆いながら泪を零しているテレサの姿を。
・・・そしてそのテレサの気持ちが、自分の呼びかけに対してそっと重ね合わさっていく波長を。

今、ここで彼女の気持ちを無視して部屋に飛び込むことも出来たはずだった。
いや、普通の男だったらそうしているに違いない。
・・・けれど島はそうしなかった。
周囲から見れば臆病この上ない行動だと批判されても仕方ないことだろう。
だが島は彼女の気持ちを大切にしたかった。
『今は逢えない』という・・・その言葉の意味を誰よりも分かっていたから。
その言葉に託した彼女の気持ちそのものを、大切に・・・大切にしたかったから。


『今は逢えない・・・。だけど・・・』


その言葉に続く意味を信じること・・・
それこそが、これからのふたりの行く先を照らす、唯一の希望の光であると・・・
島大介は新たな想いを胸に刻み込むのだった。

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