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滲んだ空の色 〜字書きの為の50音のお題より〜

2004年9月1日サイト初掲載作品

秋の気配が・・・近い。
夕暮れ時の空の色はますます寂寥感を漂わせつつ、くっきりとした鮮明な色合いを濃くしていく。
何もかもが聡明さを増していく景色の中、自分ひとりだけが上手く溶け込めないようで・・・人知れず小さく漏らした溜息。

静かに遠ざかっていく後姿を虚ろな眼で見送りながら、助手席のシートに一段と深く身を沈みこませた。
頭の中では先程交した会話の欠片がグルグルと渦を巻きながら、落下していく意識に沿うようにして重たい空気を更に身体の中へと引きずり込む。
考えれば考え込むほどに抜け出せなくなる意識の錯乱状態は、あの瞬間から始まったのかもしれなかった。

********

「・・・すぐに返事を貰おうとは思ってないから・・・。返事をしたくないと君が思うのであれば、それでも僕は構わないと思ってる」

言いながら噤んだ口の端は小さく震えていた。
最後の言葉は声というよりも掠れた吐息のようにしか聞こえない位に、動揺している口調。泳がせた視線の先は私ではなく・・・私の心の中に
蔓延っている罪悪感を見据えているようにも思えた。
しばしの沈黙を経て新たな状況を切り出そうとした彼の声が重苦しい空気が立ち込めた車の中で鈍く響いた。

「・・・缶ジュース、買ってくる。君は何にする?」
「・・・島さんにお任せします」
「・・・僕に任せてしまっても・・・いいの?」
「・・・はい・・・」

私の返答にゆっくりと頷いた彼はドアを静かに閉めると二、三歩ゆっくりと歩き出したあとですぐに小走りになって自動販売機に向かった。
夕日が覆いかぶさる彼の背中にはほんの少しの後悔が漂っているような
気がした。
・・・たぶん私からの返答をある程度想定しているらしいそぶりは彼の仕草のそこかしこに見て取れた。
迷いに迷って口走ったはずのプロポーズの根底には熟考に熟考を重ねた上での彼の真剣な想いが溢れていた。

『・・・一緒に・・・生きて欲しい』

ただそれだけの言葉を届けるのに彼がどれだか思い悩んだか、どれだけ苦しんだのか・・・
彼の表情を見届けた瞬間に分かったような気がした。
そう思うのは私が彼の立場だったとしても、きっと同じ様な事を言ったに違いないから。

驕り昂ぶっているのでもなく・・・自惚れでもなく・・・

おそらく私が彼の立場であってもきっとそうしたと思うから。
いいえ、そうしたに違いないから。

哀しすぎるほどに・・・私達は似すぎていた。
話し方も・・・思考も・・・愛し方も・・・
そして相手を思って自らの命を差し出そうとするその生き方までも。

・・・だから答えられない。
答えるのが・・・怖い・・・。

深く沈みこむ意識の片隅で頑なな心だけが貴方を求めて泣き叫んでいた。
貴方と一緒に生きたいと願う感情を捻じ伏せた理性が・・・心の奥底で血の涙を流し続けていた。

堪えきれなくなってダッシュボードに突っ伏した瞬間に、『何か』が運転席のトレイから零れ落ちた。
銀色に光る四角い物体を拾上げようとすると、突然その物体から声が漏れ聞こえてきた。
その声を聴いた途端に物体を掴んだ指先から始まった震えが全身に瞬く間に広がっていった。

予期していなかった展開に自分自身が一番驚く。
さっきまで身体を、そして心を覆っていたはずの暗雲は、声が響き渡ると同時にみるみるうちに彼方へと消え去っていく。

・・・どうして!?
・・・どうして貴方はこんなにも・・・!

胸の奥で痞えたまま吐き出せない言葉がどんどん積み重なっていく。
溢れだしそうになる感情を抑えるのに精一杯で、心が追いつけない。
歯止めを掛けようとしていた恋心は押さえ込む一歩手前で一気に解き放たれていく。
本心を丸め込んで敢えて痛みを望んだ展開とは全く正反対の方向に突き進んでいく感情と思慕は溜め込んでいた分だけ、より強く彼を求めて飛び立とうとする。

・・・崩れていく・・・
           ココロが・・・
                  身体が・・・
そして私自身が・・・。

いっそのこと全てみな崩れてしまえばいい!

崩れ去った後で僅かに残ったもの・・・

それこそが

私の・・・私自身の・・・嘘偽りないココロだと・・・思うから。

貴方に答えられるとしたら・・・それ以外しか・・・私にはないから。

ずっと閉じていた眸を開けた瞬間、くっきりと鮮明に眸に映りこんでいたはずの晩夏の空が滲んだ。
眸を被う涙滴の向こう側で滲んだ空の色は・・・
時の彼方に消せない想いを刻みつけた。

***********

「遅くなってゴメン!」

息を切らせながら駆け込んできた貴方は申し訳なさそうに頭を垂れる。

「はい、これ。・・・レモンティーで良かったかな?」

幾分戸惑いの表情を見せながら貴方が差し出すレモンティーを遠慮がちに受け取る私。

「ありがとうございます。丁度レモンティーを飲みたいと思っていました」

私の返答に曇っていた貴方の表情が僅かに綻ぶ。
微妙な表情の変化に込められた思いを感じ取って、嬉しさで思わず胸が詰まる。

「いただきます」

一口啜ると喉に染み込んでいく甘く・・・ほろ苦い恋の味。

「美味しいです」

不安そうな面持ちで私の顔を見つめていた貴方の顔に広がる安堵の表情。

「・・・良かった」

私の表情を見届けた貴方は笑顔を零しながら手に持っていたアイスコーヒーを美味しそうに喉に流し込んだ。
そんな彼の横顔を見つめながら彼に向けていた視線を真っ直ぐ前へと戻した。
掌に包み込んでいたレモンティーの缶に次第に加えられていく力。
これから先に起こるであろう事態を予想して俄かに震え始める身体。

貴方と私の想いを繋ぎ止めるきっかけは・・・たぶん今すぐそこにある。
・・・賽は・・・今まさに投げられようとしていた。

「・・・小さい頃、夢見ていたことがありました」

アイスコーヒーを飲んでいた貴方の手が止まる。
ゆっくりとこちらに身体を向け始めた貴方の気配を感じ取りながら、俯いたまま眸を閉じて話を続ける私。

「・・・いつか可愛い花嫁さんになって、大好きな人と一緒にいつまでも仲良く暮らして生きたい・・・そう願っていました」
「・・・」

何かを言いたそうな貴方の気配が、眸を伏せたままでも手に取るように判る。

「・・・でも多くの人々を死に追いやってしまった私は・・・幸せになってはいけないのです。自分の願望を思い描くことさえ罪なことだと感じ続けていました。・・・貴方に逢うまでは」
「・・・テレサ!」
「私は罪人です。罪を背負った人間です。・・・だからもし貴方と一緒になったとしても、きっと貴方に迷惑を掛けてしまう。貴方にまで罪を背負わせてしまうことになる・・・それは絶対に許されないことです。だからこのまま黙って貴方の前から姿を消そうと考えていました」
「・・・」
「・・・でも駄目なんです。貴方の事を想えば想う分だけ貴方に惹かれていく私を止めることは出来ませんでした。日に日に強くなっていく貴方への想いを断ち切ることなど私には到底出来なかったのです。・・・だから先程、貴方から掛けていただいた言葉はとても嬉しかった。凄く・・・凄く嬉しかったです。だけど・・・私は貴方の申し入れを受け容れることは出来ないと思いました」
「・・・やっぱり僕では・・・君の哀しみを薄めることすら出来ないのか?」

呻くように呟く貴方の言葉が胸に突き刺さる。
怯みそうになる心を奮い立たせて私は次に続く言葉に掛けた。

「・・・さっきまでは貴方の申し出をお断りするつもりでした。だけど・・・」
「だ・・・けど?」
「・・・偶然耳に飛び込んできたこの機械からの声を聴いて・・・私の気持ちは決まりました。私の夢を・・・島さん、私と一緒に叶えて下さい」

言い終えた後、思い切って顔を上げると今にも泣きそうな顔の貴方の眸とぶつかった。
貴方の唇が何か言葉を紡ごうとして僅かに動きかけるが声になって私の元に届くことはなかった。
変わりに何か縋る物を求めて宙を流離っていた腕が私の身体を捕らえると、激しい勢いで腕の中に抱え込んだ。
息が出来ないほど強く・・・強く抱き締める貴方の腕の中で・・・一際強く共鳴しあう互いの心臓の鼓動。
頬を摺り寄せて何度も・・・何度も低く呻きながら必死に泣きそうになるのを堪えている貴方を感じて私の心も涙色に濡れる。

「・・・本当に・・・僕でいいの・・・?」
「・・・貴方じゃなくちゃ・・・駄目なんです」

擦り寄っていた頬がゆっくりと動いて唇の端に感じる秘めやかな吐息。
一回だけ確かめるように軽く触れた唇が離れると・・・次の瞬間更に強く貴方の唇から私の唇に新たな刻印が刻まれた。

新しい局面を愛しい貴方の腕の中で迎える幸せを噛み締めながら・・・
きっかけを作ってくれた声が頭の中で感動とともに再び蘇っていくのだった。



『・・・島さん・・・もう一度・・・逢いたい・・・もう一度・・・逢いたい・・・島さん・・・もう一度・・・』

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