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それが・・・恋

2003年9月28日サイト初掲載作品

「長い時間ご苦労さん!・・・今回の所見では何の異常も見当たらなかったわい」
「ありがとうございます!佐渡先生」

ゆっくりゆっくりと傾きつつある西日が角度を変えながら部屋の中を茜色の光で満たし始める。
着慣れた制服に袖を通しながら島は窓越しに見える落日の最後の輝きを静かに見守っていた。
カサカサと佐渡が電子カルテにリズミカルに入力する音だけが部屋に響き渡る。

地球防衛軍付属の病院で年に一回の定期健康診断を丸一日掛かって全て終えた島は、最終結果報告を先程佐渡の口から直接言い渡されたのだった。
ヤマト乗組員全員に課せられた義務であるとはいえ、身体の隅から隅まで事細かに調べ上げられるこの診断は、健康だけが取り得の若い乗組員達には甚だ不評ではあった。
だがこの診断を受けない限りヤマトには乗船させないという佐渡の脅し文句(当然古代艦長代理のバックアップ付)にビビッて、渋々受けている者が大多数を占めていた。
しかし佐渡がそれだけ強権的に乗組員に健康診断を受けさせるのも、一歩宇宙へと飛び出せばヤマト乗組員全員の健康と命を自分ひとりで守りきらなければならないわけで。
佐渡の言い分からすると・・・
『自身の健康をしっかりと自己管理出来ん者はヤマトには乗船せんでもよろしい!』ということになる。
古参のヤマト乗組員はヤマトにおける佐渡の驚異的なハードワークを目の当たりにしている(というより、全員が皆一様に佐渡のお世話になっているはず)ので、若手の乗組員達に対して示しがつくように、率先して健康診断を受けているのであった。
勿論島も例外ではない。
島の場合はそれに付け加えて重傷を負ったという過去があるので、取り分け精密な診断を受けることになっていた。
朝一番で次から次へと立て続けに行われた診断も日が暮れる頃にようやく終わり、佐渡の診察室で最終結果を聞き終えた島が佐渡に礼を述べて席を立とうとした・・・その時だった。

「・・・のぉ、島・・・」

自分に背を向け、カルテにペンを走らせたまま佐渡がボソッと名前を呼んだのに気が付いて、島は椅子から立ち上がりかけた腰を再び落とした。

「はい、佐渡先生」

まだ何か自分に対して言い足りないことがあったのだろうかと、いぶかしむ島に佐渡は爆弾を落とした。

「・・・お前、藤堂長官が勧めた見合い話を断ったそうじゃな・・・」
「!!!」

一瞬にして目の前が真っ暗になりそうなほど急激なめまいを感じて思わず俯く島。
クラクラする意識と込み上げる吐き気が同時に自分を襲うが、必死になってそれに耐え、掠れた声で佐渡に漏らす。

「ご存知・・・だったんですか・・・」
「そういう類の話は広まるのは早いもんだよ、当の本人が知らんうちにな」

椅子の背もたれにどかっと身体を預けたまま島の方に向き直った佐渡は、両手を肘掛の上で組んだまま、難しい顔つきで島を見た。

「なかなか聡明で綺麗なお嬢さんだったそうじゃないか。引く手はあまたとわしゃ、聞いておるぞ」
「・・・そうですね。僕にはもったいないほどの素敵な女性でした・・・」

佐渡を前にして言い繕うことは不可能に近いと島は知っていた。
一緒にヤマトに乗り込み、生死を賭けて数々の戦いを一緒に乗り越えてきた佐渡だからこそ、言い逃れできないような問いかけを自分に対して怯むことなくぶつけられることも。
しかしそれは決して嫌味な態度ではなく、心底から自分を心配してくれている上でのことであると、島自身もよく分かっていた。
佐渡から投げかけられた言葉は佐渡に対してだけでなく、自身に対しても嘘偽りない正直な気持を曝け出さなければならないことに、島は気が付いていた。

「家柄も人柄も申し分ない・・・藤堂長官が自信を持って島に勧める娘さんじゃ。島、お前が断る理由も無かろうに・・・」
「・・・」

佐渡の言葉に反論する余地は見当たらなかった。
というより本来なら決まったも同然の見合い話だったに違いない。
長官側でもよもや島が見合いを断ろうなどと思ってもみなかったというのが偽りざる本音だろうか。
事実、島が見合い話を即答で断ったと聞いて卒倒しかけたと聞く。
周囲もきっこの話は纏まるだろうと見越していたに違いない。
・・・しかし島はきっぱりと断った。
それは・・・

「島・・・お前・・・心が動かなかったんじゃな・・・」

佐渡が放ったたった一言。
その言葉こそが島が見合い話を断った唯一の理由に他ならなかった。

「・・・佐・・・渡先・・・生」

自分をじっと見据えたまま黙っている佐渡の顔を見て呻くように呟く島の顔に困惑と戸惑いの表情が広がっていく。
佐渡が放ったその一言全てに、自分の気持全てが凝縮されていることに島は言葉を失った。
思わず握り締めた拳が膝の上でブルブルと震えだす。
寸前まで出掛かった言葉は乾ききった喉の中で迸る方向を見失ったまま、外に漏れることは無かった。

「テレサ以外の女性には・・・もう心が動かんのじゃろ?!」
「・・・佐渡・・・先生・・・、僕は・・・」

必死に言葉を紡ごうとして己の中で凄まじい葛藤と戦っているように見受けられる島を見つめて佐渡は遣り切れない気持になった。
島の真摯で一途な性格を知っているが故に、彼がテレサと育んでいたはずの恋の結末に佐渡は心を痛めた。
いや佐渡だけではない。
ヤマトクルー全員が同じ気持であったはずである。
それだからこそ島には・・・島に対してだけは人一倍幸せになってほしいと願っていた自分ではあったが、こういうカタチで量らずも島の気持を垣間見ることになってしまった状況を佐渡は呪った。
長官も決して島や相手を傷つける為にこの見合い話をセッティングしたわけではないと理解している。
理解してはいるが・・・結果的にこういうことになるだろうと、ある程度は予測できたはずだし、それが故に更に島を追い詰めるようなことになってしまったことに憤りを覚えずにはいられなかった。
もし自分がその見合い話を知っていたらどんな手段を使ってでも事前に止めさせていたはずだろう。

「何も言うな、島。お前さんの気持は分かっとる!・・・だがな、お前に見合い話を勧めた長官の気持も・・・わしゃ少なからず分かるんじゃよ」
「先生・・・」
「島・・・。わしゃのぉ、お前さんがもっといっぱい恋をして・・・もっと大人になった時点でテレサと出逢って欲しかったと今でも思うとるんじゃ」

佐渡の顔にいつになく苦悩に満ちた表情が影を落とす。
いつもとは違って歯切れの悪い口調も佐渡らしからぬ態度だった。
佐渡が自分のためを思って最大限の心配りをしていることに、島は気付いていた。
ただでさえ身体のことで心配をかけている自分は、もうこれ以上佐渡に迷惑を掛けられないはずであった。

「決してお前さんとテレサの恋を否定している訳じゃない。しかし、もし・・・もっと違う状況で出逢っていたのなら・・・と思うと、わしゃなぁ〜〜;;;」

佐渡の胸の内を聞いて一つずつ軽くなっていく胸の痞え。
それはテレサに対する自分の想いを新たに再認識するものであると、島は理解していた。
手袋の下に隠して填めている左手の薬指のマリッジリングをそっと右手で柔らかく上から包み込むと、島は穏やかな口調で佐渡に語りかけた。

「佐渡先生、お気遣いいただいてありがとうございます。長官のお気持も・・・先生のお気持も僕のことを心から心配してくださってのものだとよく分かってます」
「島・・・」
「・・・先生。僕、先生の仰るように・・・テレサ以外の女性には心が動くことはないです。この先もずっと・・・」
「島、お前・・・」
「先生、そんなに困ったような顔をなさらないでください。先生にそういう顔をされると一番困ってしまうのを、先生はご存知じゃないですか!」

島の落ち着いた笑顔の中になんの曇りも無いことに佐渡は次に続く言葉を失った。
それは島が決して悲観して自暴自棄になりながらテレサを想い続けるという気持の表れから出た言葉や表情ではなく、彼がテレサを想い続けることで自分自身の生きる道をひたむきに生きていこうとしているのを見抜いたからであった。

「先生・・・僕、テレサが僕の体の中で生きているのが・・・なんとなく分かるときがあるんです。僕が嬉しいときは一緒に喜んでくれたり、僕が落ち込んでいるときにはそっと励まし、僕が困難にぶつかっているときはそっと支えてくれている彼女の存在が分かるから・・・だから僕はこうして生きていられるんだと思います。彼女がいてくれたから・・・僕は生きてこれたんです」
「島・・・」
「僕、テレザートへの航海でテレサと出逢い、彼女と心を通わせることが出来たことを嬉しく思っています。彼女と出会えたことで生きることの大切さ、そして人を想う気持の貴さを分かることが出来たから。僕にとって彼女は・・・何よりも大切な・・・これからを生き続けるための希望なんです。そしてそれは僕が生き続ける限り、心の中で永遠に変わり続けることのない想いなんです」

夕日の輝きに代わって夕暮れの闇が静かに時を告げる。
沈黙した二人の間に緩やかに折重なっていく時間が部屋を埋め尽くしていく。
くっきりとした影法師が徐々に薄らいでぼやけた輪郭に移り変わっていく。
時の移ろいは二人の心に消せない余韻を残していく。

「・・・島。真実の男の愛は切なくて・・・でもどんなものよりも貴くて強く温かいものだということを、お前の姿を通して・・・わしは今日初めて教わったよ」
「佐渡先生・・・」

いつの間にか月の光が影を落とす部屋。
モノクロの色に包まれた部屋の中で二人が零す会話だけが鮮やかな色を纏いながら時の狭間に落ちていく。
静かに行き過ぎる時の流れの中で一際強く煌いた真実の欠片。

それはきっと・・・永遠に変わる事のない・・・
島とテレサの・・・お互いを想い続ける気持に違いなかった。

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