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夢見る頃を過ぎても

2004年8月1日サイト初掲載作品

柔らかな輪郭に彩られた月が雲間に隠れる。
蒼白い光の雫を落として闇に埋もれていく月は、彼女の髪に時の名残を刻み込む。
通り過ぎていく夜風に紛れて駆け抜けていく夏の喧騒は、今この時間だけは影を潜めていて。

零れ落ちる月の光と・・・
風に揺らめく君の髪と・・・
静かに佇む時間の流れに身を任せて、黙って立ち尽くすだけの君と僕の影。

近づきたくても近づけない僕と君との微妙な距離は、君との再会を経てもなお一向に縮まらず。
お互いにきっかけさえ掴めば、一気に迸りそうになる相手への想いに薄々気がつきながらも、溢れ出す想いに蓋を閉めて閉まっているのは、僕も君も同じで。

君に触れてしまえば、また君を失ってしまうのではないかという不安や恐れはいつまで経っても拭い去れず。
君に触れることは出来なくても、こうして君が僕の傍に居てくれるだけでいい・・・という気持ちに嘘偽りはなくても、心のどこかで無理をしている自分に気付いて、次第にずれていく理性と本能の境界。

君をもう二度と失いたくない・・・
君の傍でずっと君だけを守り続けたい・・・

という気持ちに反比例するかのように、本心の反対側で膨れ上がっていく不安や恐れは、テレザリアムでの極限の状況下で君を抱き締めてしまったという鮮烈な想いが、心に・・・身体に・・・まだ生々しい記憶として残っているせいなのかもしれなかった。
そして僕が感じている想いも彼女も同じ様に共有していると、彼女が時折見せる表情の翳りで何となく分かるから・・・上手く前へ踏み出せない僕と君は、立ち止まったまま動けなくなる。

・・・たぶん君も僕も分かってる。
分かっていて・・・わざと気付かない振りをしているだけ。

躊躇いと・・・
衝動と・・・

そのどちらかに一歩踏み出せば、瞬く間に足を掬われて二度と取り返しがつかなくなってしまいそうになる予感は、常に心に付き纏い続ける。
揺れ動く気持ちの縁取りを戸惑いながら、ゆっくりとなぞるようにしか歩けないまま・・・時だけは確実に過ぎていって。
現実と虚構の狭間を、フラフラと行きつ戻りつしながら彷徨うだけの僕の隣で、彼女はただ黙って立ち尽くすだけ。

僅かな距離を置いて、並んで立つ僕と君の間に横たわるのは・・・
愛しても愛しても愛しきれないほどに、ただひたすらに相手を恋い慕う直向な想いただそれだけなのに、不安と戸惑いと躊躇いが入り混じった激流が、その想いを蹴散らすように激しい勢いで轟々と流れていく。
きっと僕も君も・・・相手の心の深淵に触れようと懸命に手を差し伸べているはずなのに、それを上回る不安や恐れが、あと一歩の所で届きそうな心の架け橋の完成を邪魔するばかりで・・・。
もどかしい気持ちを携えたまま、このままずっと平行線を辿りそうな関係に抵抗する術もなく、ズルズルと引き摺られていきそうな・・・そんな予感が心を埋め尽くそうとした、その瞬間だった。

突然の横風に煽られて思わずバランスを崩しかけた僕と君の指先が、漆黒の闇の中で微かに触れ合った。

「・・・あっ・・・」

ほぼ同時に闇に零した声が、柔らかい夜風に包まれながら重なり合う。
まるでその時を待っていたかのように雲間から顔を出し始めた月が、蒼白い光の矢を僕と君の回りに解き放ち始める。
触れ合ったまま動けずにいる指先同士が、微かに震え始めて体中が訳もなく騒ぎ出す。
思いがけず訪れた瞬間、何故か今まで感じ続けてきた不安や戸惑いよりも、穏やかで優しい気持ちが心を埋め尽くしていると分かって、思わず横を向いた僕の視界の中に・・・君の顔が入り込んできた。

蒼白い月の光を浴びながら・・・
僕を・・・
僕だけをただひたすらに見詰め続ける君の眸に、一瞬だけ煌いた強く眩しい想い。
それはあのとき、テレザリアムでの刹那の抱擁に垣間見せた彼女の強く穢れない想いと同じ光に彩られていた。
微かな痛みを伴って蘇ってきた記憶は、僕の中の彼女への想いを今以上に強く激しい愛情に塗り替えつつ、眠っていたままの感情をゆっくりと呼び起こし始める。

「どんなにもがいても・・・哀しい記憶は消えません・・・」

抑揚を抑えた彼女の声が闇に漏れ始める。
触れ合ったままの指先から伝わってくる微かな震えが、次第に大きくなる。

「あの時以上の哀しい想いは・・・もう二度と繰り返したくないのです・・・だから私は・・・!」

宙を舞う髪が静かに時を切り刻む。
腕の中に抱いた温もりはあの時と同じ・・・いや、あの時以上に強くしなやかで。
以前の記憶をあっさりと覆すかのように激しく深い愛情の裏側で、今はこうして彼女の存在を確かめることが出来る嬉しさに敵うものなどなく。
あんなにも躊躇していたはずの想いは、実は自分の中のちっぽけな屁理屈のみで構成された言い訳がましい自己弁護だと、今更ながらに気付いて。
指先を触れ合う事でさえ彼女を失いそうで躊躇っていた自分が・・・今はこうして、腕の中に彼女を抱き締めているという現実に、今は感情が追いつけないままで。
ただ一つだけ確実に感じていることは、腕の中で抱き締めている彼女の存在が僕がこれから先、生きていく為の唯一の希望であり、生きていく支えであることに間違いないことだけ。

彼女の言うとおり、あの時の哀しい記憶は消し去ることなど出来ない。
忘れ去ることなど一切有り得ない。
しかしその辛く苦しい記憶を経てきているからこそ、もう二度とあの哀しい想いを繰り返したくないと願う僕と君だから・・・だから僕達は・・・!

尽きぬことのない彼女への深い愛情を感じつつ、今この瞬間に僕の腕の中に彼女がいるという嬉しさに、心は感謝の気持ちで溢れかえりそうになる。
胸の奥で湧き上がってきた想いに衝き動かされて漏らした言葉は、夜露に濡れて僕と君の身体に潤いを含んだまま染み込んでいった。

「これからが・・・僕達の本当の始まり・・・なんだね」

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