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幸せの上書き

「…ただいま」

扉を押し開いた世界の向こうに佇んでいたのは、この世で一番大切な想い人の華奢な立ち姿。
胸の前で小さく手を組み、静かに立ち尽くす君の周囲だけ、まるで別世界のような清廉な空気が漂っていた。
そうあの日、テレザリアムで初めて君に逢った瞬間に感じた印象は、今もなお変わらぬままで。
いや、それ以上にもっと浄化され、ますます透き通っていく気配を滲ませて、君は僕の帰りを待っていた。

「おかえりなさい…島さん」

彼女だけが持ち得る、独特な潤みと涼やかな振動を伴った声が耳に届いた瞬間、心からの喜びが瞬く間に全身を埋め尽くす。
一気に幸せが沸き上がり、止め処ない嬉しさが全身を駆け巡る中、僕はいつものように彼女に問い掛ける。
彼女の気持ちを慮るが故のほんの少しの躊躇いと、彼女への尽きぬ愛情に突き動かされて。

「…いいかな?」

囁くように呟いた僕の声を聴いたと同時に、彼女はほんの少しだけはにかむ様子を見せながら、ほんのりと頬を薄紅色に染めて俯きながら答える。

「はい…」

彼女からの了承を受け取ると、そっと彼女が佇む先へと両手を伸ばす。
幾重にも重ねられた繊細な空気のカーテンを押し分けるようにして彼女へと届いた手は、やがて落ち着く先を見つけた。
彼女の姿をまろやかに包み込む空気ごと、命に代えても大切な宝物をそっと腕の中に抱き上げる。
柔らかな、それでいてこの上なくなく優しい生命は、今僕の腕の中で鮮やかに煌めきだす。

「還ってきたよ…」

僕の腕の中に抱えあげられた君は、嬉しさと隣り合わせの申し訳なさそうな表情で長い睫毛を震わせながら声を零す。

「…重かったらいつでも降ろしてくださいね」

僕の腕の中にいても、そんな可愛い事を言う君が心底愛おしい。
『僕に対してそんな遠慮は必要ないよ』と喉元まで出掛かるが、そんないじらしい彼女だからこそ、僕は一途に君だけを想い続けてきたわけで。
答える代わりに、彼女の身体を抱えあげる腕にますます力を込める。
もう二度と…もう二度と君を決して離さないと。

…ね、テレサ。
僕がどうして毎回君の身体を抱えあげるのか分かるかい?
僕は、あの時、瀕死の僕を抱えあげて古代と雪がいるヤマトへと降り立った君の記憶を、ほんの少しでも薄めさせたいんだ。
これはどうしようもない僕の独り善がりだって充分承知してるし、君の壮絶な悲しみの前では僕が今していることは何の意味も持たないかもしれない。
だけど僕は…だけど僕は、君に笑ってほしいから。君に安心してほしいから。君に僅かでも生きていて良かったと心から思える日が来るのを願っているから。
意識を失くしたまま、君に抱えあげられるだけだった僕が、せめて一つだけ君に返せるものがあるとしたら…僕なりの精一杯の今の答えがこれだったんだ。
随分自分勝手だって、君は怒るかもしれない。
僕のどうしようもない思い上がりだって、君は呆れ果てるかもしれない。
だけどこうせずにはおれない僕の想いは、できれば君にはずっと気づかずにいてほしいんだ。
僕の我侭なのは分かりきっているけれど、やっぱりそこは僕の譲れないちっぽけなプライドなんだ。

「島さん…」

君の優しい声が僕の取り止めのない意識に終止符を打つ。
腕の中の君が恥ずかしそうに僕を見上げながら声を漏らす。

「…ありがとうございます」

小さく微笑む君の眸が愛しさの色に濡れる。
無垢な想いに彩られた表情に想いが宿る。

ああ…やっぱり君はどうしてこんなにも。

一瞬にして削がれた取り留めもない夢想。
僕を現実に引き戻すのが、今こうして腕の中にいる君という事に嬉しさを隠せない。
ありったけの想いを込めて、僕もまた君を抱き上げる腕にますます力を込める。
この先に続いていく未来をずっと…ずっと共に歩んでいくために。

*****

あとがきもどき

いったい何年ぶりでしょう、島さんとテレサのお話を書いたのは。
あまりに久しぶり過ぎて、内容がお粗末この上ないですが勢いだけで書き上げました。

ヤマト2の最終回でテレサが島さんをお姫様抱っこしていたシーンの、ある意味リベンジといいましょうか、そんな感じのお話です

テレサはなぜ島さんが勤務後に帰宅して自分をお姫様抱っこする理由を知らないままでいてほしいという願望を入れてみました

彼女の哀しい記憶を少しでも薄めさせるには、ああいう幸せの仕草の積み重ねなのかもしれないと思い至った島さんなりの誠意の現れが、毎回テレサをお姫様抱っこすることに繋がってます
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