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水無月の風

2009年6月8日 拍手御礼用にUPした作品

「あの・・・・・・」

何やら困惑したような声音で話し掛ける、彼女の言葉が水無月の風に溶ける。

「あの、私・・・・・・もう少し早く歩きましょうか?」

上目遣いに俺に訴えかける、彼女の蒼緑色の両眸が僅かに歪む。
胸元で組んだ指先が、小刻みに震えているのを確認した途端、
胸の縁が抉り取られるような痛みが俺を襲った。

彼女に何か負担を背負わせるような行動を、無意識の内に引き起こしてしまった予感が、
心を瞬時に埋め尽くし、居ても立ってもいられなくなる。

「ゴメン。もしかして君に迷惑を掛けてしまっていた?」

言い終えないうちに、俺が発した言葉を覆す勢いで頭を振る彼女。
それは逆に俺に負担を掛けまいと、必死になって否定している仕草に違いなかった。


「違うんです、島さん!私・・・・・・私がゆっくり歩くから、島さんの歩調を
乱してしまっているようで・・・・・・だから・・・・・!」


吹き抜ける風に、そっと紛れ込んだ透明な雫の欠片。
触れてしまえば一息で壊れそうなほど、脆くて繊細な想いに彩られた欠片は、
湿り気を帯びた鉛色の空に、鮮やかな蒼の放物線を刻み込んだ。

切り開かれた空の隙間から差し込んだ、柔らかな一筋の光明は、いつしか俺の心にも降り注いで。


口を噤んで、じっと俺を見つめたままのいじらしい彼女の姿を認めた瞬間、
堰き止めていた時間の流れが緩やかに動き出す。

頭で考えるよりも先に、無意識に胸の内から零れ出た言葉は、真っ直ぐに君へと放たれていく。


「テレサ。僕はね、君と同じ歩調で歩ける事を幸せに想っているんだ。今までの僕だったら、
自分の目線でしか物事を捉えられなかった。おこがましい事だけど、自分の目線で捉えられる事しか、
興味がなかったし知ろうともしなかった。だけど、君とこうして一緒に歩いてみて気付いた事が
本当に沢山あるんだ。それは僕にとって、ささやかだけれど何ものにも代え難い、大切な事
ばかりだったんだ。こうして風の流れを肌で感じたり、心地よい川のせせらぎに耳を傾けたり、
穏やかな光を全身で受け止めたり・・・。何でもないような一瞬一瞬を、君と一緒に感じる事が
、僕にとってどんなものにも代え難い、幸せなひとときなのだから」


風が啼く。
彼女の震える心に同調するかのように、水無月の風が咽び泣く。
いま、ここに存在する全てのものが、彼女の気持ちに深く寄り添うように啼いているのが分かる。

きっとそれは・・・彼女がいなければ、ずっと分からずにいた瞬間。
きっとそれは・・・彼女と一緒にいるからこそ、共有できる感覚。


黙って立ち尽くすままだった彼女の眸から、大きな雫が零れ落ちそうになるのを、
そっと指で拭い去る。
指先に感じる温もりは、いつもいつでも変わらぬ暖かな想いが篭っていた。


「今、君が感じている気持ち、それこそが・・・・・・僕の気持ちそのものなんだよ」

 

『ありがとう』

 

言葉には出さずとも、二人の心の奥深くで繋がりあう想いが、今、この瞬間から煌きだす。
 

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