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今だけは

2003年7月22日

「・・・テレサ・・・ありがとう・・・」

テレザートの地表から高い空目掛けて一気に駆け上がる飛行艇の中、島大介は操縦桿を握る自身の手に次第に力が込められていくのを感じていた。
真っ直ぐ一心に前を見詰めたまま、凛々しい顔つきで話す島。
漏れ聞こえた言葉は、彼が生まれつき持ち合わせている優しさを更に上回るほど、穏やかで落ち着いた優しい響きを伴なった声になってテレサの心に届いた。

「島さん・・・」

副操縦席に座り、隣で飛行艇を操縦している島の横顔を見つめていたテレサは、島のその言葉の真意を心で受け止めながら・・・僅かに表情を強ばらせたまま俯いた。
島の言葉に込められた自分に対する真摯な愛情と優しさを知っているが故に・・・島に気付かれないように、愛する島の為を思ってヤマトに乗り込んだ自分がこれから行おうとしている役目の決意が、彼の言葉を聞いて微かに揺らぎ始めてくる。

テレサの決意を知らずに島は前を向いたまま、ポツリポツリと話しかける。

「貴方がどんな気持でこのテレザートを離れていくのかを想うと・・・僕は・・・言葉が出ません。貴方がずっと・・・ずっとヤマトへの乗船を頑なに拒み続けてきた理由が分かるから・・・貴方の辛さが分かるから・・・」

次第に熱を帯びた口調でテレサに向け話しかける島の瞳に穢れない想いが宿る。
それは何よりも愛するテレサの為に・・・テレサを必死に想い続ける一人の男性としての純粋な想いに他ならなかった。

「島さん・・・」

テレサの碧緑色の瞳に島の横顔がはっきりと映る。
その姿がだんだんとぼやけてきているのをテレサは分かっていた。
薄い靄が瞳にかかり、神秘の色を施した泉から零れ落ちそうになる涙の結晶。
島の紡ぎだす言葉は・・・テレサの心を柔らかく包み込みながら徐々に透き通らせていく。

「自惚れかもしれないけれど・・・もっと早く貴方に逢っていれば・・・こんなにも貴方を苦しませずに済んだのに・・・!もっと時間があれば・・・貴方をこんなにも思い悩ませることは無かったのだと思うと・・・僕は・・・僕は・・・!」

島の口から放たれる絶叫に近い魂の叫びを制したのは他ならぬテレサだった。
操縦桿を握る島の手の上に自分の手をそっと重ね合わせて島を優しく見つめるテレサの瞳が微かに揺れる。

「島さん・・・そんなにご自分を責めないで・・・。島さんが・・・私のことを気遣ってくださるお気持が・・・私・・・とても嬉しいのです・・・」
「テレサ・・・」
「私・・・ずっと思っていました。テレザート星を自らの力で滅ぼしてしまった私は・・・生きている資格がないのだと。・・・今までずっと思い続けていました」
「テレサ!それは違う!!君は・・・君はそんなに自分を責めちゃいけない!今までずっと君は・・・一人で・・・たった一人でずっと思い悩みながら罪を背負ってきたんじゃないか!ずっと君は一人ぼっちで・・・テレザート星の人たちの事を祈り続けてきたじゃないか!」
「・・・島さん・・・」

操縦桿を握っていた島の手がほんの一瞬だけ離れると、大きな左手がテレサの白く華奢な手の上にそっと覆い被さった。
手袋で覆われている島の手なのに、何故か温かさと柔らかさを感じてテレサはハッと顔を上げる。
顔を上げた先に慈しみと優しさを称えた表情の島が・・・自分を見つめていた。
それはまるで心に傷を負った自分を全て丸ごと黙って包み込んでくれるような・・・柔らかい陽射しにも似た・・・温かいものに違いなかった。

「テレサ・・・。これから先、君が思い悩む事があれば・・・僕にその悩みを分けてくれないか?君を苦しめる辛さや困難や試練を・・・僕は・・・君と二人でいつも分かち合っていたいんだ、ずっと・・・」
「・・・島さん!!!」
「・・・一人きりじゃ乗り越えられないような悩みや苦しみも・・・一緒に分け合って、お互いを支えあい信じあいながら乗り越えて生きていくことが出来ると・・・僕は信じてる。君と一緒なら!」

その言葉が耳に届いた瞬間、テレサは自分の手の上に重なっている島の左手に頬を擦り付けた。
テレサの瞳から幾筋もの透明な雫が零れ落ちては、島の手袋の上を伝っていく。
・・・その涙に込められた複雑な想いを今の島は知る由も無かった。
思い掛けないテレサの行動に動揺を隠せない島。

「テレサ・・・もしかして僕・・・君を困らせるようなことを言ってしまったんじゃ;;;」

さっきのトーンとは打って変わって不安が全面に漂う台詞を言いかけた島をテレサが優しく制す。

「・・・いいえ、違うんです。・・・島さんのお気持が・・・とっても嬉しくて・・・私・・・」

テレサはそっと島の手から頬を離すと・・・万感の想いを込めて島の顔を見つめ返した。
さっきまで蕾だった花が幾重にも花弁をほころばせて艶やかに咲く瞬間を思わせるようなテレサの静かな微笑みに・・・島は言葉を失ったまま彼女の顔を見つめ続けた。

「・・・島さん・・・貴方に逢えて・・・本当に良かった・・・」

大切な・・・大切な言葉を心の奥からそっと取り出したようなテレサの小さな呟きは、何故かいつまでも島の胸の中で優しい想いを呼び起こしながらリフレインしていくのだった。

彼女がどういう気持でこの言葉を自分に掛けてくれたのか・・・後に島は気付くことになる。
愛し合う者同士が離れられなければならない時があるということを・・・身をもって知ることになろうとは・・・今の島には考えられないことだった。

「・・・テレサ・・・」

愛する人の名を呼んだ瞬間にヤマトの搭載ハッチに乗り込んだ飛行艇。
運命の時間は刻一刻と迫っていく。

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