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永久への架け橋

2003年6月18日 サイト初掲載作品

木漏れ日が溢れる遊歩道。
木々の隙間から差し込む光はどこか優しくて・・・どこか儚くて・・・。
柔らかい時間を紡ぐ風が頬をくすぐる度に、駆け出したくなる気持を押さえつけてゆっくりと歩く僕の心を掠める、微かな痛みを伴なった想い。
ふと立ち止まって天を仰ぎ見る瞳には蒼く・・・どこまでも蒼い空が広がっていた。


「・・・テレサ・・・」


愛しい人の名は・・・清らかな空の彼方に吸い込まれていった・・・

*****

固く閉じたままの眼が開きかけ、ぼんやりとした視界の中に真っ先に飛び込んできた母さんの泣き顔。

「大介っ・・・大介っ・・・!」

ベッドに寝かされたままの体に縋り付き嗚咽を零し続ける母さんの隣で、父さんが黙ったまま僕に向かって二、三度頷きながら微笑み返していた。
深い皺が刻み込まれた父さんの目尻に透明な雫が溜まっているのを、生まれて初めて見た気がする。

「大介兄ちゃん!」

涙で顔をくしゃくしゃにしながら泣き続けている次郎は、溢れる涙を拭おうともせずにただただ
立ち尽くしているだけだった。
そっと腕を伸ばして次郎の頭に手を置く。
ほんの少しの距離なのに、次郎の頭に手が到達するまでだいぶ時間が掛かった。
近くにいるのに手が届かない歯痒さに思わず胸が詰まる。

「・・・次郎・・・」

僕の言葉を聞き終えないうちに、ますますしゃくり上げて泣き続ける次郎の姿を見て、込み上げてくる熱い気持。

「・・・島・・・おかえり・・・」

ずっと今まで部屋の隅で事の成り行きを見守っていたらしい古代の言葉が耳に届く。
何かを押し殺したような声の響きが・・・古代の気持を表しているように思えた。
少ない言葉に込められた古代の言葉が・・・今までの状況を物語っているのに気づいて、軽く息を吸い込むと湧き上がってくる気持を押さえつけながら一言呟いた。

「ただいま・・・」

口にした言葉は、語尾が微かに震えていた・・・。

*****

眼を覚ました俺がこの状況の顛末を知ったのは、それから数日後たったある日のことだった。
その日は朝から雨が降り続けていて、部屋の窓ガラスには幾筋もの雨の雫が零れ落ちていた。
まるで誰かが天上から涙を流し続けているかのように降り続く雨は一向に止む気配はなく、重く立ち込めた雲の絨毯は、光が差し込む隙がないほど広がっていた。

リクライニングベッドのスイッチを押して上半身だけ身を起こした俺は、物憂げな表情で窓の外をずっと見遣っているだけの古代の後姿を見ていた。
古代はこの部屋に入ってきてからずっと押し黙ったまま、立ち尽くしているだけだった。
古代は何か重大な問題が起こると、決まってひとりで悩み続ける癖があると気づいたのは、もう何年も前からのことだった。
そんな時、俺は古代が口を開くまで口を挟まないスタンスをずっと取り続けていた。
最初のうちは古代の心配事を慮ってあれこれと余計な口を挟んでは、癇に障った古代と心配する俺との間で取っ組み合いの喧嘩をしていたのだが、ある時いつものように古代の悩み事が原因で喧嘩腰になった状況のとき、丁度その場に居合わせた真田さんの
「島、古代のことは放っておけ!自分でも抱えきれないほどの悩みにぶつかった時は古代の方から俺達に相談にくるはずだ」
との言葉にハッと胸を衝かれた。
その言葉を聴きながら古代を見ると、何だかバツが悪そうな顔をした古代がポリポリと頭を掻きながら困ったような眼で俺と真田さんを交互に見ていた。

・・・それ以来、よほどのことがない限り古代が悩んでいても遠巻きに見ていた俺だったが・・・
今回はその例が適用されないほどの、深刻さを秘めた古代の横顔に不安が過ぎる。

白色彗星との戦いで地球が壊滅的なダメージを受け、地球に向け無差別に砲撃するガトランティスに対しヤマトで最後の特攻を懸けようとした古代とユキを制して、テレサがその命と引き換えにガトランティスを滅ぼしたと知ったのは、つい昨日のことだった。

そのことを知ったとき・・・不思議なほど俺の心は落ち着いていた。
悲しくなかったわけではない。
胸が痛まなかったわけではない。
あまりにも・・・あまりにも深い悲しみと、自分がなにもできなかったという憤りとやるせなさと、
悔やんでも悔やみきれないほどの後悔が一挙に押し寄せてきて、俺の心を瞬時に麻痺させてしまったのだ。

哀しみが深ければ深いほど、人は泣けないものらしい。

何かを言いかけて開いたままだった唇が少しずつ閉じていく。
強ばった顔のまま固まっている俺の体の中で、哀しみの嵐が吹き荒れては内側から心を崩していく。
表に出せない哀しみの塊は、迸る出口を求めて体中を傷つけながら彷徨っているだけだった。
心の整理がつかないまま朝を迎えた俺の元に古代が訪ねて来たのは、偶然ではないような気がした。

「・・・島・・・今から言うことをよく聞いていてくれ・・・」

苦悩を滲ませた古代の瞳が俺の瞳を捉える。
逃げられない状況を悟って、体のそこかしこに緊張が走る。
俺は古代の口元を見つめながら、その次の言葉を待った。

「島・・・おまえの身体の中には・・・テレサの血が流れている・・・」

「・・・なっ・・・!?」


何を言っているんだ!?古代!!


心の中で魂が爆発するほどの叫びが炸裂する。
思わず握り締めた毛布が手の中で千切れるほどに歪んでいた。
ブルブルと背中を駆け上がっていく悪寒がかろうじて俺の意識を保っていた。

「白兵戦で重傷を負い、宇宙を漂っていたお前を生き返らせるために・・・テレサは全身全霊で・・・お前に自分の命を託したんだ・・・自分の血を全てお前に輸血して・・・」

言いながら涙を浮かべて俯く古代の体が震えていた。

「・・・古・・・代・・・たちの悪い・・・冗談は止・・・せ・・・」

うわ言の様に呟く俺を、古代はじっと見つめているだけだった。

「島、お前が信じたくない気持は痛いほど分かる。分かるが・・・それが事実なんだ・・・」

「お・・・俺を・・・助けるために・・・テレサが・・・テレサが自分の血を・・・俺に・・・?」

言いながら毛布を掴んでいた両手を眼の近くまで持ち上げる。
そこにはいつもと変わらない自分の手が存在していた。

今この瞬間も変わらずに脈打っている、己の血管の中に・・・
俺の身体の中に・・・テレサが・・・テレサの血が流れている・・・
この・・・この身体の中に・・・テレサの血が・・・!?

認めたくない現実を前にして、俺の心は震えるだけだった。
古代の言葉に嘘がないことを誰よりも一番よく知っているのは俺だった。
知っているからこその・・・襲い掛かる皮肉な現実に・・・俺は言葉を失った。

古代は俺の前に屈んで力いっぱい両腕を掴むと、途切れがちに言葉を紡いだ。

「島・・・テレサが・・・テレサが俺を通じてお前に託した言葉を今から伝えるよ・・・」

古代は眼をぎゅっと瞑りながら、震える声で彼女の言葉を口に載せた。



『古代さん・・・私は今幸せなのです。島さんの体の中で私は生きることが出来る・・・。島さんと一緒に、あの美しい地球で生き続けることができるのですから・・・』


一字一句聞き漏らさないように彼女の言葉を俺の心に・・・彼女との思い出の断片が蘇る。

通信機を通して初めて彼女の声に接したあのとき・・・
彼女の声に導かれ、苦難を乗り越えて戦ってきたあの日々・・・
テレザリアムで初めて逢ったときの、彼女の訴えかけるような切ない瞳・・・
自分自身をずっと戒めてきた彼女の、堪え切れない悲しみと癒されることのない現実に触れた瞬間・・・
ヤマトに戻ってからの、後から後からこみ上げてくる彼女への想い・・・
このまま永遠に時がとまってしまえばいいと想わずにいられなかった、あの刹那の抱擁・・・
彼女と一緒にヤマトに乗り込んだとき、最後に交わしたあの柔らかい微笑み・・・
『島さん・・・もう一度逢いたい・・・』ボイスコーダーに残された彼女の透き通るほど切ない声・・・

「・・・古代・・・すまんが・・・ひとりにさせてくれないか・・・」

古代は掴んでいた俺の腕をゆっくりと離すと、静かにドアまで歩きかけた。
そんな古代を俺の言葉が止めた。

「・・・古代・・・一つだけ・・・一つだけ教えてくれ・・・。その言葉をテレサがお前とユキに語ったとき・・・テレサは・・・泣いていたのか・・・?」

古代は俺の方を振り返らず、背中越しに俺に言葉を届けた。

「・・・テレサは静かに笑っていたよ・・・この上もなく清らかで美しい・・・女神のように神々しいほどの笑顔で・・・」

古代はそのままドアを静かに開けて立ち去っていった。

部屋にひとり残された俺は・・・ただただ虚ろの瞳のまま視線を宙に泳がせるだけだった。

雨は激しく降り続いていた・・・。

*****

退院できる日が明日に迫った今日のこの日、俺は激しい剣幕で怒る医師や看護士の忠告を振り切って一日だけの外出許可を強引に貰っていた。
同じく明日一緒に退院する予定の真田さんと相原にその旨を伝えに行くと、

「相変わらず頑固な奴だな、お前は。お前の親友の誰かもかなり頑固な奴で困ったもんだが・・・。ま、気晴らしに外の空気でも吸って来い!またすぐにヤマトに乗船すればしばらく外の世界とはお別れになってしまうからな」
「ああ〜っ、いいなぁ〜島さん!僕も一緒に行きたかったですよぉ;;;今から僕も外出許可を
お願いすれば外に出してもらえるかなっ♪」

ウキウキした口調で夢見がちに話す相原に俺は釘を刺すのを忘れなかった。

「俺のように入院中も模範患者であればすぐに外出許可が出るが・・・お前はどうだかなぁ〜?な、相原!」
「もぉ〜!島さんは相変わらず口が悪いんですからっ!」

ハハハと笑いあう声が病室にこだまする。

こんなに腹の底から笑ったのは、何日ぶりだろう?

「じゃ、俺ちょっと出てきます。明日のこともありますからなるべく早く戻ってくるようにしますよ」
「島さ〜ん!是非お土産お願いしますよッ♪期待して待ってます!」
「・・・ったく、これだから相原の奴は・・・」

苦笑いで病室を出て行こうとする俺に、真田さんがやけに神妙な面持ちで最後に言葉を付け加えた。

「・・・島・・・あまり思い詰めるなよ」
「・・・分かってます・・・」

やっぱり真田さんには俺の考えていることはすべてお見通しなのかもしれない。
俺も古代の奴も、真田さんのさり気ないフォローのおかげで何度となく助けられてきたから・・・。

病室を後にした俺は、玄関に向けて歩調を早くした。

*****

遊歩道の脇のベンチに腰を下ろすと、俺は力いっぱい背伸びして外の空気を身体一杯に吸い込んだ。
そんな俺に吹き渡る風は優しく微笑みかけ、木々のざわめきは一時の安らぎの時間をもたらした。
地球の復興はまだまだ始まったばかりだが、いつの世も再生に掛ける人々の願いは生きるための莫大なエネルギーを生み出しているのだった。
大いなる自然もまた、生まれ持った逞しい生命力で再生を繰り返しながら永久の時間へと続く道のりを歩き出し始めていた。

優しい風・・・
キラキラ光る陽射し・・・
緩やかに流れるせせらぎ・・・
美しく咲き競う花々・・・
匂い立つような緑・・・

テレサ・・・俺の体を通して光が見えるかい?
風の音が聞こえるかい?
心地よい陽射しを感じるかい?
君が・・・君が望んでいたものが・・・ここに今、あるんだよ・・・。

・・・こんなにすぐそばにあるのに・・・どうして君だけがいない?
どうして君だけが・・・いない?

俺にはまだ信じられないんだよ・・・この身体の中に・・・君の血が流れているなんて・・・
君が俺の中で生きているなんて・・・。

結局俺は・・・最後まで君にしてあげられることが何も無かったって気づいたとき、
俺は自分自身を呪ったよ。
ずっとずっと呪ったよ。
この遣り切れない思いに苛まれて・・・君の後を追おうと何度想ったことか・・・

でもその度に夢の中に君が現れて・・・俺に話しかけるんだ。

『島さん・・・生きて!』って・・・

俺に生きることを勝手に押し付けるな!って、君の事を憎んだら楽になれるのかもしれなかった・・・

俺をひとりにするな!って、君の後を追ってしまえばこんなに苦しまずに済むのかもしれなかった・・・


君の事を憎むことも、君の後を追うこともできなかった俺が出した答え・・・それは・・・


・・・テレサ・・・俺は決めた・・・

君は俺のこと、「勝手だ」って言うかもしれないけれど・・・俺は決めたんだ・・・


ジャケットから小さな箱を取り出すと、俺は掌の上にその箱を取り出して中からキラキラ輝く小さなモノを取り出した。

「テレサ・・・島大介は・・・貴方を一生愛すると心から誓います・・・」

その言葉と共に左手の薬指に銀色に光るマリッジリングを静かに填めた。
その瞬間ごつごつと節くれだった俺の薬指が、透き通るような細く白いしなやかな指先に変わった。
ハッとして指先を見つめる俺の耳元で囁くような声が届いた

『・・・島さん・・・私も・・・貴方を一生愛します・・・』

天から零れる光の中に一瞬だけ垣間見えた彼女の姿は・・・穢れないほどに美しく、眩しい光を称えていた。

「・・・テレサ・・・」

呻くように呟いた言葉は風に流されて消えていく。

久遠のときを超えて今、一つになった二人の愛は・・・永遠に続いていく・・・永遠に・・・

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