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Happening

2003年9月13日 サイト初掲載作品

「・・・今日もなんとか無事に終わったな」

安堵の溜め息と共に口から零れ落ちた偽りざる本音。
ピンと張り詰めたままだった心を解き解していくにはまだ時間がかかるが、少しずつ強ばっていた身体から緊張が溶け出していくのを感じる。
当直交代の時間に一時間ほど遅れてやってきたアナライザーを別段叱るわけでもなく、
ヤマトの現在と今後の針路状況等を事細かに説明し、滞りなく引継ぎを終え操縦席を立った島は
軽い疲労感を覚えながら自室へと歩き始めていた。

「・・・島くぅ~ん!」

自分の名前を呼んでいる聞き慣れた声に気付いて後ろを振り向くと、小走りで駆け寄ってくる森雪の姿があった。

「俺を呼んだか、雪?」

雪の姿を確認しながら、左腕に填めているクロノメーターに視線を落とす。
午前三時十五分。
艦内は貴重な就寝タイム真っ最中である。

「ヤマト乗組員全員の健康管理を率先して統率しなければならない、責任ある立場の君が
こんな時間に起きているなんて・・・・・・他の乗組員達に対して示しがつかないんじゃないのか?」

駆け寄ってくる雪に対して軽く本音混じりの冗談を飛ばした島に、雪が少し口を尖らせて反論する。

「んもぉ!相変わらずよね、その言い方。きっと島君に声を掛けたらそう言われると思っていたわ、私」

そう言い返しながらも、島に対してにこやかに微笑み返す雪は彼の前に進み出るとその澄んだ瞳で
彼の瞳を捉えた。

「島君、勤務終了直後に声を掛けてしまって申し訳ないんだけど、今から私と一緒に来てほしい
ところがあるの」
「???今から???」
「ええ、そうよ♪いいわよね、島くん!さ、行きましょ♪」

そう言いながら自分の手をとって半ば強引に歩き出そうとする雪に、島は当惑を隠せない。
いつもなら人の気持を推し量ってさり気なく行動する筈の彼女が、相手に対して反論の余地を一切与えず
自分のペースに持ち込もうとする仕草に、島はあくまでも優しく食い下がった。

「雪、どうしたんだ!?いつもの君らしくないよ。・・・古代と喧嘩でもしたのか?
もしそうなら俺がいくらでも君の言い分を聞くから、とりあえず今はやめないか?
ほら、まだみんな寝静まっている時間だし・・・。それに朝になれば君や古代の気持も
落ち着くかもしれないだろ?それからでもきっと遅くないはずだ。少し時間を置いたほうがいい」

極めて冷静に且つ、雪の機嫌を損なわないように最大限に配慮し尽くして、優しく言葉を掛けた島だったが
それでおとなしく引き下がるほど今の雪は柔じゃなかった。

「島くんを困らせているって・・・私、分かってるわ。分かってるけど・・・。どうしても今だけは
私と一緒に来てほしいのよ。お願い、島くん!私の頼みを聞いてちょうだい」

微かに潤んだような瞳が、上目遣いに自分を見上げていた。
凄まじく葛藤している心の中で、白旗を揚げてすごすごと退散していく完全無欠のニヒリズム。

ここまで雪にお願いされて拒否できる男性はいるだろうか?いや、真田さんだってきっとお手上げに違いない。
・・・古代、頼むから誤解しないでくれよ!

妙な理屈を捏ね回しながら、島はやれやれという風に苦笑いで言葉を返した。

「降参するよ、雪・・・。」
「ありがとう、島くん♪」

心を鬼にして雪の頼みを断りきれない自分は、やっぱり優柔不断で気弱な人間なんだろうと後悔しつつ、
後に必ず起こりうるであろう、古代を前にしての弁明の状況を密かに想定しながら数々の言い訳の台詞を
準備し始めつつ歩く島だった。

************************

「島くん、この部屋の中に入ってくれる?」

並んで歩いていた雪が立ち止まって指し示した先は、ヤマト艦内では催事用の時だけ開放されるキッチン完備の喫茶室だった。
普段はあまり使用されたことのない部屋を前にして、焦りとともに島の心に湧き上がる疑問。

「雪???・・・本当に入っていいのか?」
「ええ、もちろんよ♪さ、早く早く!」

部屋に入らせようと急かす雪の言い方に、少なからず疑念をもちながらもドアを開いて、
真っ暗な部屋に一歩を踏み出したその瞬間だった。


パッカァ~ン!!
 

「おめでとうぉ~♪島航海長ぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」

大きな歓声と共に顔中に降り注ぐクラッカーから弾き飛ばされたテープと色とりどりの紙吹雪。
顔を覆い尽くすテープを悪戦苦闘しながら引き剥がし、前方を見つめる視線の先には
数々の死闘を潜り抜けてきた戦友たちの眩い笑顔が自分を見つめていた。

古代をはじめとして真田、山崎、南部、相原、太田、徳川、加藤、佐渡・・・そして雪。

「みんな・・・どうしてここに・・・?」

訳がわからないまま呆然として立ち竦む島の背後から雪が優しく声を掛ける。

「島くん、お誕生日おめでとう!みんな今まで貴方のことを待っていたのよ」
「えっ・・・?俺の誕生日???」

心ここにあらずといった風情でポカンとしたまま立っている島の背中を南部、相原、太田の面々が
3人がかりで部屋の中央に設えてあるテーブルまで押し続ける。

「やだなぁ、島さん!しっかりしてくださいよぉ~。自分の誕生日まで忘れてしまうほど
仕事にのめり込んでちゃまずいでしょ!」
「お前は自分の誕生日を忘れるくらいまで、もう少し仕事に没頭した方がいいかもな、相原!」
「ちぇっ!また俺ばっかし注意ですかぁ~?古代さんっっっ!!!俺、前よりも随分と進歩したように思うんだけどなぁ~~~;;;」
「相原!仕事の評価っていうのは自分で判断するものではなくて、他人から評価されるべきものだぞ」
「ああ~~~っっ!!!古代さんに引き続いて島さんまでもがお説教ですかぁ~?やってらんないなぁ~もぉ~っ!!!」

プクッとふくれっ面をして拗ねる相原の姿を見て、一気に爆笑の渦が沸き起こる。
ふくれっ面だった相原も、周囲につられるようにして頭をポリポリと掻きながら笑い始める。
和み始めた場の中でテーブルに辿りついた島は、皆に促されるようにして中央に進み出た。
数々の手の込んだオードブルや豪華な料理、美しく盛られたデザート、
年代もののワインや、手に入れるのが困難な銘柄の日本酒等に混じって、一際大きいバースデーケーキが
二つ並んでいた。

「・・・何故バースデーケーキが二つもあるんだ?」

不思議がる表情の島に、古代が瞳に穏やかな想いを称えてその問いかけに答えた。

「これはお前の分と・・・」

そこで古代は一旦言葉を区切ると、改めて島の方に向き直って言葉を続けた。

「テレサの分だよ」

「!」

ハッとした表情で何かを言いかけた島の表情が即座に固まる。
僅かに動いた唇から漏れる言葉はなく、眼を見開いたまま動けないでいる島を仲間の優しい想いが取り囲む。
強ばったまま何かを言いかけて少しずつ歪んでいく島の顔は、微妙で複雑な想いを滲ませながら綻び始める。
一言でも言葉を発したら途端に崩れていきそうになる自分の気持に気付いて、島は思わず俯いた。
身体を小刻みに震わせて何かに耐えているかのようにしているだけの島の・・・島の気持を・・・
思い遣って、そこにいるメンバー全員は言葉を失ったまま立ち尽くすだけだった。

「・・・ありが・・・とう・・・」

胸の奥から絞り出したような小さい掠れた声が、水を打ったように静まり返った部屋の中にこだまする。
感極まって泣き出しそうになるのを懸命に堪えているような島の態度を見て
古代は彼の傍らに近寄り、肩をポンと叩きながら周囲の面々を見渡して声高らかに叫んだ。

「さぁ、みんな!島とテレサの誕生祝をしようぜ」

古代の声に賛同するかのようにあちこちで湧き上がる歓声。パーティーは幕を開けた。

***********************************

「島くん、後は私が片付けるから早くお部屋に戻って休んで!今日の主賓の貴方に手伝わせる
訳にはいかないわ!」

テーブルのあちこちに散乱した食べ残しの料理や飲みかけのビールのコップを手際よく
片付ける雪の隣で、他の部屋から持ち出してきたイスを一箇所に纏める島が答える。

「好き勝手に飲んだくれた後の後片付けが一番大変なんだってことは、訓練学校時代に嫌というほど経験ずみさ。・・・それに・・・」
「・・・それに?」
「こいつらをほっとく訳にもいかんだろう!?」

島が指差した先には床の上でガーガーと鼾を掻きながら大の字で折重なるようにして寝転がっている
相原、南部、太田、古代の姿があった。

「相原、南部、太田達は仕方ないにしても、古代の奴は酒が弱いくせに勧められると断れないもんだから
結局誰かが面倒見なくちゃならない羽目になるし・・・。雪、今から覚悟しとかないと結婚してから大変になるぞ!」
「うふふ。それはもう覚悟できてるわ!・・・それよりも島くん・・・」
「・・・ん?」

手際よく片付けていた手が止まり、幾分トーンを落としたような声で自分に話しかける雪に
気付いて島はイスを纏めている手を止めた。

「・・・こんなこと言ったら島くんに怒られるかもしれないけれど・・・何だか島くんの
表情が昔と比べてだいぶ変わったような気がするの・・・。ごめんなさい、私が勝手にそう
思い込んでいるだけなんだけど・・・何故かそう思えるの」
「・・・雪の気のせいじゃないか?俺自身は自分のこと何も変わっていないはずだと思ってるけど・・・」

僅かに視線を逸らした島の表情の翳りを見逃すことなく、雪はさっきよりも強い口調で島に話しかけた。

「島くん・・・。私ね、テレサの命が貴方の体の中で生き続けていると、古代くんが貴方に向けて話した後から・・・少しずつ貴方の表情が変わっていったように思えるの。・・・それは私の気のせいかしら?」

言葉を選びながら慎重に語りかける雪の声に耳を傾けつつ、島は窓越しに見える漆黒の闇に視線を移した。
口を噤んだままじっと見据える視線の先には、果てしなく広がる無限の宇宙・・・
ただそれのみが厳かに横たわっていた。
背後から心配そうな面持ちで後ろ姿を見つめている雪の表情を窓越しに見つめながら、
島は軽く吐息を零した。
吐息の中に込められている想いは島の身体をそっと優しく包み込むようにして、時の狭間に落ちていく。
軽く瞼を伏せながら僅かに俯いた島は雪に背を向けたまま、訥々と話し始めた。

「俺の顔・・・君には沈んでいるように見えるのか?」
「ううん、その逆よ。何かこう、大事な決意を秘めた凛とした想いが島くんの表情に宿り始めている気がするの・・・」
「・・・そうか。雪にはそう見えるのか・・・」

じっと島の背中を見つめ続けていた雪はそこで何かをハッと思い立ち、驚きと共に島の背中目掛けて言葉を放った。

「島くん・・・あなたもしかして・・・テレサのことを・・・!」

雪の言葉を背中で受け止めた島は一瞬だけピクッと身体を震わせると、しばしの間をおいて一言だけ呟いた。

「思い続けるのは・・・俺の自由だから。俺自身が決めることだから」
「!!!島くんはそれでいいの?本当にそれでいいの?!そんなのって・・・そんなのって哀しすぎるじゃない!」

雪が自分のことを心底から心配した上で、その言葉を掛けてくれたことに島は感謝していた。
瞳に涙を溜めながら懸命に訴えかける雪に向ってそっと振り返ると、島は穏やかな微笑を称えながら静かに言葉を紡いだ。

「雪、心配してくれてありがとう。・・・なぁ雪、人を思い続ける気持を失くしてしまうことの方が俺にはずっと哀しいことに思えるんだ。たぶん俺の中からテレサを思い続ける気持を取り去ってしまったら・・・・・・」
「取り去ってしまったら・・・?」
「『島大介』という人間は死んだも同然だと思ってる」
「・・・島くん!!!」
「俺の体の中で生き続けている彼女を思い続けることは・・・この先俺が生きていくうえでの唯一の心の拠り所であり・・・そして永遠に変わり続けることのない心からの気持なんだ」

普段はあまり自分自身のことについて語ることのない島が、自分に対して最大限に心を砕いて語りかけていることに雪は気が付いていた。
滅多にプライベートでの感情を周囲に漏らすことのない彼が、胸に秘めている想いを心ならずも吐露してしまっている原因を作り出してしまったのは、他でもない自分であることに雪は激しい自己嫌悪に陥った。
島がこれだけの想いを言葉にするのは、彼に対して相当の負担を背負わせてしまっているに違いなかった。

「ごめんなさい、島くん・・・!私・・・貴方が心の中でずっと大事に胸の中に仕舞いこんでいた気持を
・・・その気持を言わせてしまってた自分が・・・そんな自分が許せない!」

続けようとした言葉が喉で痞えて出てこないまま、掠れた嗚咽を漏らしながら泣きじゃくるだけの雪の傍らで
島はそっと言葉を掛けた。

「雪・・・。そんなに自分を責めちゃいけないよ。・・・俺、例えテレサの命が俺の体の中で
生き続けていなくてもきっと、心の中で彼女をずっと思い続けているに違いないんだ。
俺とテレサは・・・どんなカタチの出会いをしても必ず恋していたはずだって、そう思っているから。
・・・古代と愛し合っている雪、君は俺の気持を・・・分かってくれると信じてる」

澱みなく言い切った島の顔には、命を掛けて一人の女性を生涯愛し抜くという誇りと威厳に満ちた真摯な想いが満ち溢れていた。
今まで古代の親友であり、同じヤマトのクルーとしての一面しか覗かせていなかった島の顔に・・・
いつの間にかオトナの男へと変わりつつある真の愛情を垣間見て・・・
雪はしばし言葉を失った。
古代たちと共に同じ歩調で歩んできたはずの島が、テレサという一人の女性と心から愛し、愛されることによって、自分達には追い付けないほどの著しい人間的な成長を成し遂げていった事実に、雪は眩しい思いで島の顔を見つめながら呟いた。

「島くん・・・幸せなのね」

その言葉を受け止めた島は、いつもよりも更に優しい穏やかな表情を雪に向けながら一言一言を噛み締めるようにゆっくりと答えるのだった。

「幸せになる為に・・・これからもずっとお互いが幸せでいられるように・・・俺とテレサは
一緒に生き続けてる。永遠に変わらぬ想いを抱き続けながら、この先もずっと二人で!」

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