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Rebirth〜

2003年10月7日 サイト初掲載作品
(未完ですので、ストックしてある分だけUPします)

微かな不安と緊張が入り混じった気持が、心を覆い尽くす。
徐々に昂ぶっていく気持を押さえ込むように軽く一つ深呼吸すると、ドアノブを握り締める手に力を込めた。
カチッという乾いた音と共に広がっていく世界の中に足を踏み入れながら、中にいる人物目掛けて威勢良く声を掛けた。

「島!元気か?」

その次の瞬間、古代の身体は瞬時に強ばったまま動けなくなった。
軽く挙げた右手が力なく落ちていく。
固まった笑顔が一瞬にして凍り付いていく現実に・・・古代の心は崩れ落ちていく。


「・・・君はいったい・・・誰なんだ!?」


予期していなかった親友の言葉に、古代は次に続く言葉を見失った。

*****

「古代・・・島の命が助かっただけでも、我々は幸せだと思わなきゃいかんよ」

殺風景な診察室の中で、訥々と喋る佐渡の声が鈍く反響する。

「佐渡先生!島の・・・島の記憶はもう二度と戻らないんですかっ!」

激しい勢いで詰め寄る古代を宥めるような口調で話す佐渡の顔にも苦渋の色が満ちる。

「まだそう決まった訳ではおらんよ。だがな古代、島はようやく体調も快復しつつある大切な時なんじゃよ。ここで刺激を与えて、却って島の気持を混乱させることがあってはならんのだ。わしの言っていることが分かるな?」
「分かってます!分かってますけど・・・どうにかして記憶を元に戻すことは出来ないんですか?佐渡先生!このままじゃ島は・・・島は!」

両肩に手を置いて激しく揺さぶる古代の動揺が振動を通して伝わってくるのを感じて、佐渡の心も暗く沈みこむ。

「先生・・・。島は・・・島は僕の親友なんです・・・。家族以上に長い時間を共に過ごしてきたただ一人の親友なんです・・・」

俯いたままずるずると膝を落として床に座り込み、掠れた声で話しかける古代の憔悴しきった姿に、佐渡の心も激しく痛む。

「分かっとるよ・・・古代」

静まり返った部屋の中に長い影を落とす二人のシルエット。
言い知れぬ哀しみを表すかのように、二つの影法師はいつしか闇と同化していくのだった。

*****

島の元を訪れて衝撃を受けた日の二日後。
古代はまだ動揺を隠せない気持ちを押し殺して、島の元へと急いだ。
島が何かを思い出すきっかけになればと考え付いて、部屋の奥から引っ張り出してきた訓練学校時代のアルバムを手に携えて。
これを見て島がすぐに記憶を取り戻す訳ではないと百も承知している。
だがなんとか僅かな手がかりでも、島の記憶を呼び戻すきっかけになればという心からの気持が、古代を病院へと向わせた。

島が入院している個室に近づくにつれ、異様な雰囲気が漂っていることに古代は気づいた。
足早に病室に近づくと、部屋の入り口付近で揉みあっている数人の人影に出くわした。

「放せ!放してくれっ!!僕は・・・僕は行かなくちゃならないんだ!」
「止めて大介っ!そんな身体で行くのは無理よっ!お願いだから止めて頂戴!」

パジャマ姿のままドアから出ようとしている島を、島の母親と看護士が必死に押し止めていた。
持っていたアルバムを下に落とすと、古代は一目散に島の元に駆け寄った。

「止めろ、島っ!病室に戻れ!!」

三人がかりで部屋の中に押し込もうとするが、島の抵抗は驚くほど強かった。

「お願い大介っ!お部屋に戻って!!!」

泣き叫びながら必死に島の身体を押し止める島の母親の姿に、古代の心が激しく痛む。
未だかつてこんなに思いのままに行動する島の姿は見た事がなかった。
記憶を失くしているとはいえ、島の心に秘められた想いが爆発したように一気に噴出している様に、古代は戸惑いを感じた。
記憶を失くしているからこそ、島の心からの想いが理性というフィルターを通さずに溢れ続けている現実に・・・古代は言葉を失った。
島を・・・記憶を失くしている島をこんなにも強い衝動で駆り立てるモノは一体何なのか?
その答えはすぐに見つかった。

「約束したんだ・・・!必ず帰って来ると・・・僕は約束したんだ!約束を守る為に、僕は行かなくちゃならないんだっ!テレザートへ!」

眼に涙を浮かべながら自分の身体を押さえつける手を押し退けて、必死に前へ進もうとする島。
島の口から放たれた言葉を聞いた瞬間に、島の身体を押し止めていた古代の腕からすっぽりと力が抜けた。


島・・・お前・・・!


呆然と立ち尽くす古代の瞳から滂沱のごとく流れ落ちる涙。
自分の顔さえ覚えていない島が、懸命に守ろうとしている約束は・・・
彼が心から愛する人との深い愛情を繋ぐ、たった一つの希望の灯火に他ならなかった。

記憶を失いながらも懸命に愛する人に誓った約束を守り抜こうとする島の姿に、古代の気持は激しく痛む。


島の・・・島の気持を叶えてやりたい!・・・だが・・・


母親と看護士をずるずると引き摺るようにして自分の横を通り抜けようとする島に向って、古代は涙を流しながら話しかけた。

「島・・・お前の約束はもう叶えられないんだよ」

ハッとした表情で古代の言葉を聞いた島は歩みを止めると、古代の元に近寄って力任せに両腕を掴みながら、激しい口調で問いただした。

「何故?・・・何故君はそんな事を僕に向かって言うんだ!?」

鬼気迫る表情で自分を睨む島に向って強い視線を向けながら、古代ははっきりとした口調でゆっくりと語りかけた。

「島・・・。テレザートは・・・爆発したんだ。テレサももういない・・・」
「う・・・嘘をつく・・・な・・・。そんな事、嘘に・・・決まってる!僕は・・・僕はちゃんと約束したんだ!必ず帰ってくるから・・・って・・・」

首を振りながら必死に否定しようとする島の意識が、徐々に混乱していく。
そんな島を見ながら、古代は意を決して最後の言葉を島に向って放った。

「島・・・お前もヤマトから一緒に見たはずだ。・・・テレザートの爆発を・・・」
「・・・っ!!!」

見開いた瞳からボロボロと零れていく涙が島のパジャマを濡らす。
天井を見上げながら頭を両手で抱え込むようにして何かを言いかけた島は、そのまま両手両膝を付いて床に突っ伏すと、哀しみの咆哮を撒き散らした。

「嘘だ・・・嘘だ!・・・嘘だーーーーーっっ!!!」
「大介っ!」

ブルブルと身体を震わせながら泣き続ける息子に、母親が駆け寄ってその大きな身体を抱え込むように抱き締める。
哀しみだけが埋め尽くすのこの場所で・・・時だけが静かに過ぎていく・・・

*****


「古代っ!この大馬鹿もんがっっ!!あれほどわしは島の心を混乱させるような事があってはならんと
念を押したじゃろうがっ!」
「・・・すみません・・・」

一連の騒ぎを聞きつけて慌ててやってきた佐渡が、混乱してパニック状態に陥っている島の右腕に鎮静剤を注射し、その場を何とか収めたのはもう30分ほど前になる。
鎮静剤の中に含まれている睡眠を引き起こす薬が効いた為だろうか?
島は今深い眠りについていた。
微かな寝息を零しながらベッドに横たわっている島の隣で、佐渡と古代の会話は続く。

「古代、お前さんの気持は分かるがの・・・。島の気持をこれ以上混乱させてどうしようというんじゃゃ!?」
「佐渡先生・・・僕は・・・!」

縋るような視線で自分を見つめている古代に対して、一瞬だけ視線を落とした佐渡は次の瞬間、射抜くような眼差しで古代を睨み返した。
同じヤマトの乗組員であるという立場ではなく、医師佐渡酒造としての理念に覆われた眸で。

「この際だから・・・はっきり言うておくぞ、古代!」

いつもとは違う、ドスの利いた声で話しかける佐渡に、古代の身体に緊張感が走る。

「ワシはこのまま・・・島の記憶が戻らん方がいいと思っておる」
「・・・!!!」

額から吹き出た冷や汗がポタポタと零れ落ちる。
あまりの衝撃に目の前が真っ暗になりそうになるのを懸命に堪えた古代の身体が、ワナワナと震えだす。

「確かに島は地球一の操艦技術の持ち主であり、我々にとってかけがえのない同士であることは十分認識しておる」
「・・・」
「島のご家族の皆さんや我々にとって、島の記憶喪失が直って欲しいと思うのは何よりの切実な願いじゃ。特に古代、島と長い間ずっと苦楽を共にしてきたお前さんだから、一番そう願っているはずじゃろ?」
「・・・はい・・・」
「古代、ワシがまずお前に一番認識して欲しいと思っとるのは・・・島が今、生きているという現実だけじゃよ」
「・・・先生・・・!」
「今までの記憶は現状無くなっておるかもしれん。無くなっておるかもしれんが・・・それは再び再生可能なことなのじゃよ」
「・・・先生!先生は、俺達が築き上げてきた友情を一切忘れろと仰るんですか?」

悲痛な古代の叫びに、感情を一切排除した佐渡の言葉が襲い掛かる。

「古代・・・。お前は島に自分のエゴを押し付けているだけだと気付かんのか!?甘ったれんのもいい加減にせんかいっ!」

激昂した佐渡の言葉が、部屋にズシリと響き渡る。

「・・・島がこの先、仮に記憶を戻したとしてもお前はテレサや亡くなった乗組員達のことを島に対して
どう告げるつもりじゃ?お前が土下座して謝ったとしても、死んでしまったものはもう戻ってこないんじゃぞ。哀しみにうちひしがれているはずの島を、自分は慰められると思っとるのか?古代っ!」
「・・・先生・・・」
「島の哀しみは、島本人しか立ち直る術を持っておらんのだよ。いくら周りが足掻いたとしても、それは所詮島にとって負担以外、何物にもなりはせんのだ」

俯いたまま身体を震わせていた古代が・・・静かに顔を上げた。

「・・・先生、言いにくいことを言わせてしまって・・・すみませんでした。・・・そしてありがとうございました」

強張ったまま微かに笑う古代の表情(かお)が影で泣いていたように思えて、佐渡は言葉を失った。
ゆっくりと自分の前から離れていく古代の背中に向かって佐渡は一言だけ漏らした。

「島の記憶が戻らなくても・・・お前達はこれから先もずっと親友のままじゃ。そうじゃろ?古代・・・」

佐渡の投げ掛けた言葉を背中で受け止めた古代は、僅かに頷くと静かに部屋を出て行った。
古代を見送った佐渡は・・・部屋の隅に備わっているロッカーから隠していた日本酒の大瓶を取り出すと、グビグビとラッパ呑みで一気に酒を流し込んだ。
口から滴り落ちる酒とは別に、両眸から溢れ落ちる涙を拭おうともせずに。

******

あれから一週間後、島の容態もだいぶ回復の兆しをみせはじめていた。
学校帰りに兄の顔を見ようと立ち寄った島の弟の次郎は、久しぶりの兄との再会に心を弾ませていた。

「大介兄ちゃん、今日はだいぶ機嫌がいいみたいだね!」

にこやかに話しかける次郎に対して、島はほんの少し笑みを浮かべると視線を病室の窓に移してぼんやりとしていた。
まだ家族に対しての記憶も戻る気配を見せない島に・・・次郎の心はつぶれそうに痛む。
そのやり場のない哀しみは、自然と母親に向けて放出されていく。

「お母さん、このまま大介兄ちゃんの記憶は戻らないの!?僕のこと、覚えてないの?」

次郎の訴えに少しだけ表情を強張らせた母は、穏やかな口調で次郎を諭し始めた。

「次郎・・・。貴方が辛いのはよく分かるわ。貴方のことを心から可愛がってくれた大好きなお兄さんが、貴方のことを覚えていないのは凄く哀しいと思うわ」
「お母さん・・・!」
「でも・・・でもね、大介が生きてこうして帰ってきてくれただけで、お母さんは本当に嬉しいの。本当に・・・本当に嬉しいの!」

言いながら涙声になっていく母の姿は・・・次郎の目には必死に哀しみを堪えているように映った。
自分の思いよりも更に辛く苦しい気持を持ち続けている母の姿を見て、次郎の心も激しく痛む。

「家族になるのはこれからだって出来るわ!・・・だけど死んでしまったら・・・もう二度と家族にはなれないから・・・」

母の言葉を聞いて居たたまれなくなった次郎はベッドに駆け寄り、島の身体をその小さな手でゆさゆさと揺さぶり続けた。

「大介兄ちゃん!大介兄ちゃん!!一緒に行こう。僕と母さんと一緒にお家に行こうよ!」

揺さぶり続けられるだけだった島の表情が、一瞬だけ強張った表情に変わる。


『来てください・・・僕と一緒にヤマトへ来てください!テレサっっ!!』


遠い記憶の彼方から運ばれてきた言葉が、島の心に何かをもたらし始める。
・・・でもそれが何であるのか・・・島にはまだ理解出来ない。

「よしなさい、次郎!大介はまだお家には戻れないのよ」
「嫌だ!嫌だ!!嫌だ!!!お母さん、僕一緒に帰るんだ!大介兄ちゃんと一緒に帰るんだっ!!」

駄々をこねる次郎に、母の平手が飛んだ。
思わず頬を押さえた次郎に、母が涙を零し続けながら途切れ途切れに言葉を漏らす。

「次郎・・・。分かって頂戴・・・。大介の・・・大介の気持を」

母の言葉を聞いた次郎はいたたまれずに、島の懐の中に飛び込んで嗚咽を漏らし続けた。

「大介兄ちゃん・・・。僕、大介兄ちゃんのこと一人には出来ないよ。一緒に家に帰ることが出来ないのなら・・・僕、僕は・・・ずっとここに残りたい!!!」

次郎の言葉を聞いた瞬間に、痛みと苦しみが島の身体を貫く。


『テレサ・・・。あなたをたった一人、ここに残しておくくらいなら・・・僕・・・僕はむしろ・・・
ここに残りたい!!』


心と身体が同時に悲鳴を上げて島の身体に襲い掛かる。
それはかつて経験したことのある痛みであると、島の心と身体ははっきりと記憶していた。
混乱の中で何かが音を立てて崩れていき始めるのを・・・島は恐れと共に気付き始めていた。


・・・つづく

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